レヴィ=ストロースの『親族の基本構造』「第5章 互酬原理」を読んでいると、沖縄のシマ社会の習俗と重なる部分が多い。
たとえば北極海に面するシベリア東部のヤクート族は、隣人のところに行けばたやすく食事の相伴にあずかることができたので、飢え死にする人の存在を信じることはできなかった。同じように今帰仁村の古宇利島ではお腹が空けばどこかの家で食事の相伴にあずかることができ、そのような生活も一ヶ月くらいなら批判されることもなかった。だから飢え死にする人は一人もいなかったということである。
隣人のところへ行けばいともたやすく食事の相伴にあずかれるのに、この世のどこかで人が飢え死にするとは、ヤクートにはよもや信じられなかった。(クロード・レヴィ=ストロース『親族の基本構造』2000年、青弓社、144ページ)
島の人たちは貧しかったが、飢え死にする人は一人もいなかった。またホームレスもいなかった。お腹が空けば、どこかの家に寄って朝食に、昼食に、あるいは夕食にありつけばよい。一ヶ月ぐらいなら、誰もこの生活に文句を言わない。(玉城英彦『恋島(フイジマ)への手紙:古宇利島の思い出を辿って』2007年、新星出版、194ページ)
そのような分かち合いの文化を支えたのは、独りで飲み食いする者を厳しく裁くというモラルであった。ニュージーランドのマオリ族では「儀式用料理を少しもほかの人にふるまうことなくこっそり平らげでもしたら、なしたのが男であれ女であれ、その行為は、周囲の事情と相手の人柄次第で、あてこすり、揶揄、嫌悪、軽蔑に、ときには怒りにつながりかねない感情を近親者のあいだに引き起こす」行為だった。同じように宜野湾間切(市町村に相当)の新城(あらぐすく)のシマでは、「自分の物を自分一人で食べるのは罪悪」だとされていた。つまり食べ物は分かち合うものであり、自分一人でこっそり食べることは罪とされたのである。
集団は「独りで飲み食いする」者をことさら厳しく裁く。ポリネシアの儀式的交換では、財は父方近親者集団内部で交換せずに、できるかぎり別の集団、別の村へ移動させよと規定されている。この義務を怠ることはsori tana「自分の籠から食べる」と呼ばれる。また、村の踊りで二つの地縁集団は持ち寄った食べ物を内輪で食べないこと、携えている食糧を交換し合った相手集団の食べ物を食べることが、慣習によって決っている。マオリの諺 Kai kino ana Te Arahe に登場する女のように、儀式用料理を少しもほかの人にふるまうことなくこっそり平らげでもしたら、なしたのが男であれ女であれ、その行為は、周囲の事情と相手の人柄次第で、あてこすり、揶揄、嫌悪、軽蔑に、ときには怒りにつながりかねない感情を近親者のあいだに引き起こすだろう。(レヴィ=ストロース『親族の基本構造』、144〜145ページ)
(46) 自分の物を他人と共食する風があった。女や子供の間では、自分の物を自分一人で食べるのは罪悪だという思想があった。Du chui shai munu kwéné (又は chumanja kākā shimi nē) tsiburu fugiyun (自分一人で物食うと又は他人に物欲しがらせて何もやらぬと頭に穴があく)と云う諺があった。それで子供はわずかずつでも居合わせた者に分配してそれから食べた。そうでないと Iyēshā (賤しき者という語から来たけちんぼうの意)と云うて仲間から爪弾きされた。大人の女子の間には子供同志のように露骨に他人の物を食べようとはしなかったが、しかし些少の物でも分配して食べるのが通常であった。島の家々でもまた、親族近隣盛んに食物を分配した。少しでも異常の食物はこれを分配した後食べた。(佐喜眞興英「シマの話」(1925年)『日本民俗誌大系第1巻沖縄』1974年、角川書店、150ページ)
現代の資本主義には分かち合いの原理が排除されている。分かち合うという人類の智慧が失われているのだ。