旧暦の三月三日は「浜下り(はまうり)」の日。ことしは三月三十日がその日にあたっています。奄美から八重山までの琉球弧(りゅうきゅうこ)一帯では、この日は「浜下り」といって、女性たちが浜辺に行って潮干狩りをする日にあたっています。
この行事にまつわる各地の由来をみてみると、地方によってわずかな違いはありますが、若い女性が蛇の子を身篭(みごも)ることが共通の話として伝えられています。若い女性のもとに見目麗(みめうるわ)しい男性が通い、その人の子を身篭ってしまう。ところが、その男性は実は蛇が人間の男に化けたものでした。女性は蛇の子を身篭ってしまったことを恐れますが、潮水に浸かると流産することができました。そこで、女性たちが浜辺に降りて潮水に浸かる風習ができ、そのうちこの日が潮干狩りをする日になったという言い伝えがあります。
同じ三月三日の行事が、いわゆる「日本」の方では、「ひなまつり」といって、雛人形を飾るセレモニーが各地で伝えられています。しかし、本来は「流し雛」といって、女性の穢れ(けがれ)を祓(はら)い、その穢れを人形に乗り移らせて、海や川に流すイベントだったようです。
三月の節句は沖縄も日本も、現在ではずいぶんスタイルが変ってしまいましたが、どちらも女性の行事であること、そしてなにかを流すということでは共通していたようです。
女性たちはなにを流すのでしょうか?沖縄では蛇の子であり、日本では穢れです。どちらも現代では忌まわしいイメージのものとなっています。それがはたして本当に忌まわしいものであるのかどうか?沖縄の例から考えてみます。
蛇の子は本来は神の子でした。蛇の子を身篭るということは、神の子を身篭るということであり、本来は選ばれた女性にのみ許された晴れがましいことでした。
宮古島平良市の漲水御嶽(ぱりみずうたき)の神は戀角(こいつの)、戀玉(こいたま)という男女の大蛇でした。このふたりの神は天上から漲水の浜に降りてきて、人間をつくり、森羅万象をつくり、再び天上に戻りました。何百年かが経って、男神の戀角の方は、人間の男に化けて若い女性のもとに通い、こどもを身篭らせました。男が漲水御嶽に棲む大蛇であることがわかり、娘は嘆き悲しみますが、娘の夢枕にその大蛇が立ち、「自分はこの島を創った戀角である。この島を守る神をつくろうとして、おまえのもとに通ったのだ」といい、そして、三人の女の子が産まれるはずだから、その子たちが三歳になったら、漲水御嶽に連れておいでと言った。娘たちが三歳になったので、約束通り漲水の御嶽に連れていくと、大蛇が出てきたので、母親はこどもたちを投げ棄てて逃げてしまった。しかし、三人のこどもたちは恐れることもなく、大蛇とたわむれ、御嶽の中に入って消えてしまった。そして父親の大蛇は光を放って天に上ってしまった。と、こういう神話です。三月節句の由来とよく似ている話だと思いませんか?違うのは戀角は世界創造の神であり、そのこどもたちも島を守る神になったということです。ということは、蛇の子は近世以来の古琉球においては、けっして海に流し捨てる存在ではなかったということになります。
同じ蛇の子という存在が一方は神になり、一方は潮水に浸かって流産させてしまわなければならない疎(うと)ましい対象になっています。神は律儀に古代の約束のままに人間の女のもとに訪れるのに、人間の方が相手を神として見ることができなくなってしまいました。
琉球弧の各地で蛇の子を流産させる物語があったということは、琉球弧の各地に漲水の御嶽のような神話があったということを意味します。そのことは琉球弧の宗教において、自らの神聖さの根拠として、神の子を身篭るという神話が必要だったということを実証しています。神が人間以外の姿をしていることに不都合を感じるようになったときに、スサノヲノミコトがヤマタノオロチを退治するように、神は退治されるべき忌まわしい存在に変ってしまったのです。
女性たちはなぜ潮水に浸かると蛇の子を流してしまうことができると思ったのでしょうか?これには三月三日の「浜下り」の隠れた意味をさぐってみなければなりません。この日は、多くの地方では海難事故で亡くなった死者の魂を供養する日にもなっています。またこの日は、二三の地方では一年以内に生まれたこどもたちのお祝いをする日にもあたっています。つまり、琉球弧では三月の節句は海難事故の死者を供養する日であるとともに新生児のお祝いをする日にもあたっているということです。これが「浜下り」の隠れた意味だろうと思います。
女性の禊(みそぎ)と死者の供養と新生児のお祝いと、この三つが関連する行事だろうということです。死者を供養するということは、死者の魂を呼び覚ます行為でもありました。海難事故で亡くなった死者の供養をするということは、海の彼方へ去ってしまった魂を再び地上へ呼び戻す行為でした。古代の考えでは、死者の魂は海の彼方へいくと浄化され、もう一度赤ん坊の状態に戻ります。つまり、海は古い魂を浄化して、新鮮な魂に戻してくれる力があったのです。そして、海の彼方には新鮮な魂がストックされていました。人間たちはその新鮮な魂を呼び戻す必要がありました。魂は海上をただよってなつかしいシマへと戻ってきます。そして、浜辺では女性たちが潮水で禊をしていました。もし、腰まで潮水に浸かっているのならば、魂は女性の胎内へ入ります。そして、再び地上へ赤ん坊として生まれてくるということです。女性たちが潮水に浸かるということは、蛇の子を流産させるためというよりは、むしろ、海の彼方へ行ってしまった死者の魂を呼び戻し、その魂を身篭るという、再生産力への霊力アップの方が強かったのではないかと考えられます。
『おきなわJOHO』1998年3月号


平安座島では、旧暦3月3日から3日間、「サングヮチャー」という神事が行われる。
1日目は、海で亡くなった人のために、浜に下りて祈る「ドゥグマチー(竜宮祭り)」。
2日目で、豊漁を願う「トゥダヌイユー」と「ナンザモーイ(ナンザ拝み)」がある。
トゥダヌイユーでは、神人の女性たちがタマン(ハマフエフキ)を奉げる神歌を歌った後、銛でタマンを突き刺す。
ナンザモーイは仮装行列が島を練り歩くもの。その後、海の上にある「ナンザ岩」まで、御輿や旗を担いで歩いて行く。険しい岩を登り、頂上で安全祈願、五穀豊穣祈願の「ナンザ拝み」が行われ、海の幸「島だこ」を参加者でまわして食べる。
海で亡くなった人の供養と五穀豊穣祈願がセットで行われる。海のかなたの異界=他界への通路が開かれる日だということだろう。