今日〔7月20日〕は今帰仁村上運天(かみうんてん)の「やんばるHot Cafe」で、逆格差論をテーマにサンジチャー講座を開きました。
逆格差論というのは「名護市総合計画・基本構想』(1973)で提起された論議です。
今回は多彩な顔ぶれの大入り満員で、13名の方々が参加しました。
このテーマへの関心の高さがうかがわれます。
講座は具志堅邦子をファシリテーターにして、
具志堅要が語り、応答するという形で進行します。
30分ほどでテクストを読み上げた後に、フリーのディスカッションが始まります。
海外でNGO活動をされている方からは、土地が資本に買い占められ、機械化が進められた結果、農民は借金で縛られてしまうようになると、自給自足経済から依存経済に変化した沖縄との類似性が指摘されました。
以下さまざまなQ&A
Q.復帰前にあったイモ・ハダシ論について
A.イモ・ハダシ論というのは日本に復帰したら戦前のようなイモ・ハダシの貧しい生活に逆戻りするぞというもの。イモ・ハダシの時代は貧しい時代なのではなく、分かち合い・助け合いのある貧困のない時代だった。その時代には凶悪な犯罪はなく人々の共感力は高かった。1980年代までの那覇市ではまだ分かち合い・助け合いが残っていた。
別の人によるA.うるま市では1990年代まで家に鍵を掛けることはなかった。おやつはご近所を回って各家から少しずつ貰っていた。近所の子どもたちにおやつを与えるのは、ごく当たり前の日常だった。近所の家に朝ごはんを食べに行くこともよくあった。行くと目玉焼きを出してくれた。
さらに別の人によるA.旧羽地村に住んでいるが今でも鍵を掛ける必要はない。
これは沖縄のブルース(民謡)・シンガーの意見:「語れ遊(あし)ば」は語りあってから遊ぶということ。語り合わないと遊びはない。(これは名言でした。サンジチャー講座の理念にしたいと思います)。
Q.逆格差論では山から海につながるようにして集落ができているが・・・。
A.山で木材や茅葺の茅を取り、海には港があり木材の交易をしていた。山と海を含む生態系で自己完結した世界を築いていた。モータリゼーションなどの開発で生活から山と海が切り離されるようになり、生態系の保全に関心を失いつつある。山と海との触れ合い(活用)を日常生活に取り戻す必要があるのでは。
Q.集落人口が30名程度まで減少し高齢化している。豊年祭の舞台をやらなければならないが、地元でできる演目は三四演目で、あとは郷友会や近隣地区などの応援を頼まなければならないが、本当に文化を守れるかどうかの瀬戸際に来ている。
A.ポスト資本主義の遠くを見る視点も必要であり、同時に解決を迫られる緊急の問題もある。この二つは同時に取り組まなければならない。
1時間のQ&Aの時間にそのほかにもさまざまな話が飛び交って面白かったのですが、今は頭の中が飽和状態で、忘れないためのメモとしてとりあえずのアップをします。
なお、今回参加できなかった方たちのために、別の場を設けたいとも思っています。