モーアシビ
柳田國男によると、近代以前の沖縄や日本における民衆層の結婚は、夫が夜だけ妻の下(もと)に通う通い婚から始まった。これが明治民法の公布(1898年)によってまったく逆の形態に変わる。婚姻が妻の嫁入りをもって始まると決定されるのである。 変って来た一つ…
太平洋岸の東村(ひがしそん)の有銘(あるめ)と東シナ海に面する名護市の源河(げんか)を結ぶ山中に恥蔽坂(はじうすいびら)という山道が残されている。 おそらく有銘の娘と源河の若者がそこで出会い、モーアシビをしたところなのだろう。モーアシビの場所…
九月の末に、新築祝いに呼ばれました。妻の両親(七十代)が今帰仁村運天にUターンしたのです。大工さんたちを招いての型通りの飲食がすんだ後、運天に在住の親戚たちが三々五々お祝いに集まってきました。運天は高齢の方の多い地域です。 座開(ざびら)き…
五月号から続いてきたモーアシビも、今回でとりあえず終ります。前回までは青年たちがモーアシビをする前段階までの場や空間、シマ社会という共同幻想について語ってみました。今回は具体的にモーアシビの現場に踏み込んでみます。 年齢まずは、年齢です。地…
今回は、よそのシマとの〈モーアシビ〉の交流について、考えてみましょう。 六月号で、〈シマ〉は外部に閉ざされた共同体であることを書きました。たとえば婚姻についても、よその〈シマ〉との婚姻は嫌われました。よその〈シマ〉のいい男よりは、同じ〈シマ…
前回の6月号には、青年男女が本格的な「モーアシビ」をする前の、イントロの部分を書きました。 夕食を終えた娘たちが、「ヤガマヤー」という娘宿に集まって、糸を紡ぐ作業をしているところに、青年たちがやってきて、会話を楽しんだり、三味線を弾いたりし…
5月号では、沖縄の士族はモーアシビをしていないんだよとか、沖縄の芸能はモーアシビの場から生まれてきたんだよ、という簡単な説明をしましたが、あれだけでは、モーアシビのもつ濃厚な雰囲気は伝わりにくかったと思います。そこからかもし出される匂いま…
ましゅんく節(伊江島) ヨーテーなー懇る(にんぐる)懇る懇る抱ちょてヨーテー、 なー懇る懇る懇る抱ちょて、みやらび話ぬ面白さ(うーむっさ)ヨー、 ウネ、シクテントゥンテン、シクテントゥンテン(この部分は口三味線) (大意=あっちでもこっちでも…