rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

中世的価値観の崩壊を描いたヒエロニムス・ボス

初期フランドル派の最後を飾る画家はヒエロニムス・ボス(1450-1516)だった。ボスが描いたのは、人間の救いようのない愚かさであり、狂気であった。

ボスの代表作の一つに、《快楽の園》がある。ボスが40歳から50歳の1490年から1510年の10年間のいずれかの時期に描かれた作品だ。

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ヒエロニムス・ボス 作《快楽の園》(1490年 - 1510年頃)プラド美術館マドリード

左側のパネルには地上の楽園が描かれている。おそらく天国を意味するものなのだろうが、居心地の良い場所には見えない。アダムとイヴの周辺にいる動物たちは、化物めいて見えるのだ。

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中央パネルの快楽の園では、人間たちの愚行が描かれている。自然界の秩序は乱れ、人間は小鳥たちよりも小さな存在であり、食べ物は巨大化したイチゴのたぐいである。

快楽の園で人間たちは、限りなく愚かな存在になっている。

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右側のパネルには地獄が描かれている。

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ボスの描く楽園が、希望に満ちた天国ではなく、どこか薄気味悪い雰囲気を漂わせているのと同様に、地獄も劫火に焼かれる地獄ではなく、薄気味悪さが漂う場所となっている。

楽器は拷問の道具になり、小鳥は人間を丸のみにして、尻から吐き出す。兎が狩猟家になり、狩猟家であった人間は猟犬の餌食になる。騎士の鎧は化け物のおもちゃにされ、処女であるはずの尼僧は豚となって騎士に抱きついている。

芸術や小鳥、狩猟、騎士道、禁欲的な恋愛など、中世の人間の情熱の対象であったものが、逆に人間たちをあざ笑うものに変化しているのである。

《快楽の園》には、天国への希望、最後の審判へのおののき、地獄への絶望などはない。理想とされていた価値観が崩壊し、人間たちがどこまでも愚かであるように描かれているのだ。

この絵が描かれてから20年ほどのちには、ルターによる宗教改革(1517年)が起こることになる。