rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

イタリア・ルネサンスを変えた絵――《ポルティナーリの三連祭壇画》

北方ルネサンスのうち、フランドルで1420年代初頭から1520年代まで続いた美術運動を初期フランドル派という。

初期フランドル派は、ヤン・ファン・エイクに代表され、イタリア・ルネサンスの勃興とほぼ同時期に発生したものであった。しかしその美術運動は、イタリア・ルネサンスの影響を受けることはなかった。

イタリア・ルネサンス古代ギリシャ・ローマの文芸復興を目指す文化運動だったのに対して、初期フランドル派は、中世ヨーロッパの装飾写本の挿絵である細密画を起源とするものだったのである。

初期フランドル派の本格的な作品がその当時のイタリアにもたらされたのは、ファン・デル・フースの《ポルティナーリの三連祭壇画》である。この作品は、1483年にイタリアのフィレンツェで公開された。

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ファン・デル・フース作《ポルティナーリの三連祭壇画(中央パネル)》(1475年頃)ウフィツィ美術館フィレンツェ)所蔵

この絵は二つの点でイタリアの画家たちを驚かせた。一つは中央パネル前面に描かれていた陶器とガラスの花瓶である。ガラスの花瓶の透明感は、油彩でしか表現できないものであったが、当時のイタリアにはその油彩の技法がまだ確立されていなかったのである。

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この油彩技法以上に、当時のイタリアの画家たちに大きな衝撃を与えたのは、中央パネルの右側に描かれた、キリストの誕生を礼拝する三人の羊飼いの描写だった。不精髭をたくわえ、労働着に身を包み、汗のにおいさえするような、自然で写実的な描写だった。

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当時のイタリア絵画の特徴は、無表情の人間を描くことにあった。三人の羊飼いの人間味あふれる豊かな表情が、衝撃を与えたのである。

初期フランドル派から油彩の技法を取り入れ、表情豊かな人間の描写を始めることによって、イタリア・ルネサンスは、初期ルネサンスを終え、盛期ルネサンスへ向かうことになる。

しかし、イタリア・ルネサンスが盛期を迎えるころ、初期フランドル派は衰えていく。中世ヨーロッパの装飾写本の挿絵である細密画から発展した初期フランドル派の画家たちは、中世ヨーロッパが終わりを告げるころに、歴史的な役割を終えるのである。

ファン・デル・フースの作品がイタリアの画家たちに衝撃を与えたのは、彼の死後のことだった。ファン・デル・フースは1480年頃に精神錯乱で自殺未遂をし、1482年に亡くなっている。

《ポルティナーリの三連祭壇画》は、初期フランドル派の衰退と盛期ルネサンスの発展という関係を象徴するような作品だったのである。