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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

ウェイデンとメムリンク――二つの《最後の審判》

ウェイデン メムリンク 最後の審判

ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1400-1464)とハンス・メムリンク(1440-1494)が描いた《最後の審判》を見ると、15世紀後半のキリスト教徒たちが、死後の霊魂の救済について、不安に怯えていたことがわかる。そして時代が進むとともに、不安感が深まっていくのだ。

最後の審判」とは、神が世界を滅ぼした終末の日に、すべての死者が甦り、神の裁きを受けるというものだ。神の裁きによって、天国へ行く者と地獄に落ちる者とが決定される。

ファン・デル・ウェイデンが描いた《最後の審判》はこのようなものだ。

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ロヒール・ファン・デル・ウェイデン作《最後の審判》(1446-52年)

大天使ミカエルが甦った者たちを、秤にかけている。

天国に選ばれた者たちの表情は、このように表現されている。

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地獄に落ちる者たちの絶望は、このように表現される。

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ハンス・メムリンクが描いた《最後の審判》はこのようなものだ。

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ハンス・メムリンク作《最後の審判》(1467‐71年)

ファン・デル・ウェイデンが描いた《最後の審判》と構図はほとんど変わりない。

ウェイデンと異なるのは、天国に行く人の列に紛れ込もうとする者を、天使が追い返し、悪魔に引き渡しているところである。

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自分は天国に選ばれたのか地獄に落ちるのか、どちらになるのだろうかと大天使ミカエルの秤を不安げに見つめる女性も描かれている。

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ファン・デル・ウェイデンが描いた《最後の審判》には、そのように迷う姿はない。天国に行く希望と地獄に落ちる絶望があるだけである。

ファン・デル・ウェイデンの《最後の審判》から、わずか19年後に、メムリンクは、絶望している女性ではなく、不安に怯える女性を描いた。この不安感から近代は始まるのだといえる。

この女性のように、天国でもなく地獄でもないところにぼくたちは居る。そして自分たちが秤にかけられるのを、黙って見ているしかないのだ。