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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

狂人の鎖からの解放を描いたゴヤ

フランスの哲学者ミシェル・フーコー(1926-1984)は、狂気に対する見方が大きく変化する時期をあげている。それは17世紀後半における貧民の《大規模な監禁》と18世紀末の鎖でつながれていた狂人の釈放である。

狂気の歴史では、二つの事件がとくに鮮明にこの変質を特徴づけている。すなわち、1657年の〈一般施療院〉の創設と貧民の《大規模な監禁》、および1794年のビセーテル収容施設に鎖でつながれている人々の釈放。
ミシェル・フーコー(田村俶訳)『狂気の歴史』

17世紀後半に、理性的でないとみなされた人たちは、収容所に監禁されるようになっていく。このような非理性的な人々の監禁によって、ヨーロッパ社会は、狂気を封じ込めていく。

18世紀末には狂気が精神病として制定されることになる。鎖でつながれていた狂人たちは、治療の対象者となり、鎖から解放される。この解放が可能となったのは、理性の人が狂人との交流を必要としなくなったからだとフーコーは言う。

精神病をつくりだしている澄みきった世界では、もはや現代人は狂人と交流していない。……両者のあいだには共通な言語は存在しない。むしろもはや存在しないのである。(同前)

このような狂気に対する見方の変化に、敏感に反応したのはゴヤだった。「1794年のビセーテル収容施設に鎖でつながれている人々の釈放」(フーコー)と時を同じくして、ゴヤは《狂人収容所の中庭》を描いているのである。

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ゴヤ作《狂人収容所の中庭》(1793-94年頃)メドウズ美術館(ダラス)

ゴヤの絵に描かれた狂人たちの若々しい肉体に、フーコーは自由で解放されている人間本来の姿を見る。それは「言語をともなわない力によって」出現するのだ。

『狂人収容所の中庭』を描いていたゴヤは、空虚のなかでうごめくあの肉体のむれ、むきだしの壁にそってひしめくあの裸形をまえにして、多分、同時代の悲愴なものにつながるある事柄を感じとっていたにちがいない。……〔三角帽子をかぶっている〕この狂人のうちには、時間の始まり以来、生れつきの権利によっていわば自由な、すでに解放されている人間的な現存が、その筋肉のたくましい体と野性的で驚くほど繊細なところのある若々しさとの、言語をともなわない力によって立ち現われている。(同前)

ゴヤの描いた狂人たちは、鎖を解かれた自由さを表現していた。しかしその自由さには、悪魔や魔女的な狂気はなかった。そこには悪魔や魔女に通じる神話的な世界はなく、精神病患者としての単調な日々が待っているだけだった。

『狂人収容所の中庭』が述べているのは、ゴヤの別の絵、例えば『気まぐれ』のなかに見出されるあの特異な形象や狂気についてであるよりもむしろ、力強さの点で明るみに出ているあの新しい体、その振舞いが、夢を呼びよせている場合には暗い自由をとりわけ歌っているあの新しい体の、大いなる単調さについてである。(同前)

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ゴヤ作《気まぐれ》「美しい女教師」(1797-99年頃)

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ゴヤ作《気まぐれ》「それ吹け」(1797-99年頃)