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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

去勢されない父親は、子どもを食いちぎる。

1819年、ゴヤマドリード郊外に「聾者の家」と通称される別荘を購入した。

1820年から1823年にかけての4年間、ゴヤはほとんど外出することなくこの別荘に籠っていた。そして、この家のサロンや食堂を飾るために14枚の壁画が描かれた。黒をモチーフとした暗い絵が多いため、それらの絵は「黒い絵」と呼ばれている。

「黒い絵」を代表する作品は、《我が子を喰らうサトゥルヌス》だ。

サトゥルヌスは、天空神ウラノスと大地の女神ガイアの間に生まれた6番目(末弟)の巨人族で、ローマ神話における農耕神である。土星の惑星神や時の翁(時の擬人像)としても知られている。

サトゥルヌスは父であるウラノスを去勢して王権を簒奪する。しかし、母ガイアと父ウラノスから、サトゥルヌスも我が子のひとりによって王座から追放されるという呪いの予言を受ける。サトゥルヌスはこれを怖れて、妻とのあいだに生まれてくる子どもたちを次々と飲み込む。この神話が、画題となっている。

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ゴヤ作《我が子を喰らうサトゥルヌス》(1820-23年頃)プラド美術館マドリッド

神話と違ってサトゥルヌスは我が子を飲み込んではいない。食いちぎっているのである。制作当時はサトゥルヌスの男性器が勃起した状態で描かれていたことが判明している。

ゴヤはなぜそのような絵を描いたのだろうか。

おそらくゴヤは、我が子によって王座から追放されるという予言を、サトゥルヌスがウラノスにしたように、子どもによって父親が去勢されるという解釈をしたのではないだろうか。

ウラノスを去勢したことによって王権を簒奪したサトゥルヌスは、我が子によって去勢されることを恐れて、次々と子どもたちを食いちぎるのである。

しかし去勢というものは通常、父親から男の子に対して施されるものである。ゴヤの描くサトゥルヌスでは、それが逆になっている。子どもによってなされる去勢を恐れて、父親は子どもを食いちぎり続けているのである。

サトゥルヌスが「時の翁」という側面を持つものならば、去勢にまつわる父子関係の逆転は、時間という秩序を狂わせることになる。世界は父から子へという世代交代を失い、いつまでも去勢されない父親が、世界を狂気の中に引きずり込んでしまう。

去勢されない父親は、子どもを食いちぎって生き延びようとするのだ。

ゴヤは「聾者の家」に籠り、去勢されない男性たちによってもたらされる、時代の狂気と向き合っていたのだとおもわれる。