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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

ゴヤ――戦争の惨禍

ゴヤ 国民国家

フランス革命(1789年)から3年後、1792年から1802年まで、革命後のフランスと、反革命を標榜する対仏大同盟(イギリスおよびオーストリアを中心としたヨーロッパ列強)との間で「フランス革命戦争」と呼ばれる一連の戦争が起こる。

当初は革命への外国の干渉戦争であったが、1794年前後を境に形勢は逆転し、フランスによる侵略戦争に変貌する。

革命後のフランスで、はじめて「国民」という名の軍隊が誕生する。この「国民」という名の軍隊は、ほとんど無敵の状態だった。彼らは国家のために死ぬことができたからである。

フランス革命に影響を与えたジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)は、国家が求めるとき国民は死なねばならぬと説いた。

市民は、法によって危険に身をさらすことを求められたとき、その危険についてもはや云々することはできない。そして統治者が市民に向って『お前の死ぬことが国家に役立つのだ』というとき、市民は死なねばならぬ。なぜなら、この条件によってのみ彼は今日まで安全に生きて来たのであり、また彼の生命はたんに自然の恵みだけではもはやなく、国家からの条件つきの贈物なのだから。
ジャン=ジャック・ルソー(桑原武夫他訳)『社会契約論』

ここでいわれる「市民」とは、「国民」のことである。市民社会とは、国民国家のことであった。国民国家において、国民は国家のために「死なねばならぬ」のである。

国民からなる軍隊は、無敵の強さを発揮した。その流れに乗って権力を握ったのが、ナポレオン(1769-1821)であった。

ナポレオンは1808年にスペインを占領し、自分の兄ジョゼフをホセ1世としてスペイン国王に就ける。

1808年5月2日には、フランス軍に対してスペインの民衆が蜂起するが、翌日の5月3日にはフランス軍によって鎮圧される。

この二日間のできごとを、ゴヤは1814年に、《1808年5月2日、エジプト人親衛隊との戦闘》と《1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺 》という二つの作品として描いている。この二つの作品は、フランスの画家ドラクロワ(1798-1863)とエドゥアール・マネ(1832-1883)に強い影響を与えることになる。

その一つ目の作品はこれだ。

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ゴヤ作《1808年5月2日、エジプト人親衛隊との戦闘》(1814年)プラド美術館マドリッド

エジプト人というのは傭兵で、ナポレオン率いるフランス軍だ。ナイフ程度の武器しか持たないスペインの 民衆が、正規軍であるフランス軍に対して蜂起したのである。

この民衆の蜂起をドラクロワは 次のように表現する。

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ドラクロワ作《民衆を率いる自由の女神1830年7月28日》(1830年ルーヴル美術館

ゴヤドラクロワの絵で、蜂起する民衆の姿は同じだが、ドラクロワの描く民衆の姿には、ゴヤのような切迫感はない。ゴヤの描く民衆たちは、翌日には弾圧される。ドラクロワの描く民衆の姿には、そのような悲劇性はない。ドラクロワの描く民衆たちは、多くはブルジョワジーとして権力を握ることになるからである。

二つ目の作品はこれだ。蜂起した民衆は、翌日にフランス軍によって弾圧され、銃殺された。

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ゴヤ作《1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺 》(1814年)プラド美術館マドリッド
この作品はマネに強い影響を与えている。

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マネ作《皇帝マクシミリアンの処刑》(1867年)マンハイム市立美術館

ゴヤの絵では、フランス国民によってスペイン民衆が処刑される。マネの絵では、メキシコ国民によってメキシコ国王が処刑される。マネは、蜂起する民衆を描いたのではなく、銃殺刑の生々しさを描いたのだ。

ゴヤの二つの作品には、ナポレオンが失脚していく要因が描かれている。それまでフランス軍は、王侯貴族の軍隊と戦っていたのだが、スペインにおいて、はじめて民衆と戦うことになる。

民衆と戦うとき、フランス軍不敗の神話は崩れ去っていく。フランス軍を最強の軍隊にしていた国民は、民衆に起源に持っていたからである。民衆に起源を持ったフランス軍が民衆と戦うとき、自らの正義を失うことになる。

近代社会において、国民というのは理性的な存在として位置づけられていた。その意味で、フランス軍という国民からなる軍隊は、理性的な存在であるはずだった。ところが現実にはそうではなかった。ゴヤは国民兵による戦争の実態を描いていく。

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ゴヤ作《戦争の惨禍》プレート37(1810-20年制作、1863年出版)