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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

ゴヤ――理性の崇拝

ゴヤ 理性

フランス革命(1789年)がもたらしたものの一つに、「理性の崇拝」がある。

文化研究家のレイモンド・ウィリアムズ(1921-1988、イギリス)によると、18世紀末(フランス革命)から19世紀初め(ナポレオン時代)にかけて、「理性」という言葉は、超越的な力を指すものとして用いられていた。つまり、「神」に代わる超越的な力として、「理性」という言葉は用いられていたのである。

「理性(Reason)」(この場合大文字で始まることが多い)が、なにか特定のひとつの、ないしいくつかの理由を挙げることとはっきり区別されている時代もあった。……18世紀末から19世紀初めにかけての観念論的用法で、経験論的な立証や合理的な(rational)予測の過程とは違う、第一原理を把握する超越的な力を指して「理性」を用いたものである。
レイモンド・ウィリアムズ(椎名美智他訳)『完訳 キーワード辞典』

第一原理とは、デカルト(1596-1650)の命題「我思う故に我あり」のように、疑うことのできない原理のことをいう。その第一原理を把握する力を持つのが「理性」だったのである。

フランス革命後にゴヤは、理性をテーマとした絵を描くようになっていく。

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ゴヤ作《理性の眠りは、化け物を生み出す》「ロス・カプリチョス(気まぐれ)」(1799年)シリーズより

ゴヤは理性を崇拝していた。ゴヤにとっての当時のスペインは、数多くの迷信に支配される国だった。だから、「理性」を眠らせるなと呼びかけたのである。

次の絵も、ほぼ同じ時期に描かれたものである。隣国のフランスで起きた革命に共感したゴヤは、クリティカルにスペインの現状をとらえようとしていた。ゴヤの批判精神が研ぎ澄まされて、開花していくのである。

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ゴヤ作《魔女の集会》(1797‐98年)ラサロ・ガルディアーノ美術館

迷信を象徴するものとして、ゴヤは魔女たちの姿を数多く描く。魔女たちは恐怖の対象であるはずのものだ。ところがゴヤの描く魔女たちには、どことなくユーモラスな面がある。

ゴヤの描く魔女たちは、民衆的な存在だった。ゴヤの批判精神は、迷信を批判するものであって、民衆を批判するものではなかったのである。

ゴヤの「理性」に対する信頼は、1808年のフランス軍によるスペイン占領まで続くことになる。