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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

宗教改革と球根のような女体

北方ルネッサンス 宗教改革

球根のような女体は、ルターによる宗教改革(1517年)を経てポルノグラフィーのようなものに変化していく。カトリック教会に比べ、性に関して禁欲的であることを誇ったプロテスタントたちは、絵画表現においては禁欲的ではなかった。むしろセクシュアリティに満ちた女体像が大量に描かれていくことになるのだ。

次の絵はハンス・メムリンク(1440-1494)による《虚栄》だ。女体は球根のように描かれている。

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ハンス・メムリンク作《虚栄(祭壇画の一部)》(1490年頃)

ドイツのアルブレヒト・デューラー(1471-1528)は人体を正確に表現しようとする。イタリアで絵を学んできたデューラーは、均整のとれた人体像を描く。次の版画もそのような人体像の一つだ。デューラーの力量によって、均整がとれた人体像のように見える。しかしやはり、腹部が突き出しているのだ。この腹部を支えるために、腰に過剰なほどの力強さを与えている。

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アルブレヒト・デューラー作《四人の魔女》(1497年)

ここで気になる点を挙げると、メムリンクデューラーの描く球根のような女体は、「虚栄」や「魔女」などのネガティブなイメージを喚起するものとして描かれていることだ。これを偶然の一致と見ることはできない。女性の裸体自体がネガティブなものとしてとらえられているのである。

女性の裸体がネガティブなものとして表現されていく時代に、ルターによる宗教改革が始まる。それとともに、女体の描き方に大きな変化が生じてくる。女体がセクシャリティ―として描かれるようになるのだ。

次の絵はバルドゥンク・グリーン(1484-1545)による《アダムとイヴ》だ。

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バルドゥンク・グリーン作《アダムとイヴ》(1531年)

アダムは右手でイブの乳房に触れ、右手の親指はイブの乳首を押そうとする。アダムの左手はイブの腰に当てられ、イブを前面に押し出そうとしている。これはイブが堕落した罪の女であることをアピールしている姿勢だ。アダムの裸体はイブの後ろに隠され、イブの裸体だけが前面に出ている。裸体が恥ずべきものとなっているのならば、イブだけがその恥を全面的に負うことになる。

ここでジェンダー対称性は崩れ、イヴはセクシュアリティーの対象としての存在になる。

ルーカス・クラナハ(1472-1553、父)では、女体のエロティックななまめかしさは、最高潮に達する。

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ルーカス・クラナハ(父)作《三美神》(1535年)

球根のような女体は、女性の持つ性的ななまめかしさを最大限に表現することになる。

16世紀前半に女性の裸体はポルノグラフィーのようななまめかしさを発揮するようになる。しかも、そのような女体は、ルターの支持者である画家たちによって描かれたのである。

デューラーもルターの支持者であった。バルドゥンク・グリーンとクラナハはルターの肖像版画さえ制作していた。禁欲的なプロテスタントは、女体の表現に関しては禁欲的ではなかったのである。

哲学者のミシェル・フーコー(1926-1984)は、16世紀以来、性の言説化が増大していくと指摘している。

すなわち、十六世紀以来、性の「言説化」は、制約を蒙るどころか、反対に、いよいよ増大する扇動のメカニズムに従属していたということである。
ミシェル・フーコー渡辺守章訳)『性の歴史Ⅰ 知への意志』

西洋において性の言説化が急速に増加する時期がある。それは宗教改革後の16世紀前半と、性的な事柄を話題にすることさえタブーとされた、19世紀後半のイギリス・ヴィクトリア朝時代である。

性に対する禁欲と女体のポルノグラフィー化という二律背反は、「資本主義の精神」にともなうものだといえる。「資本主義の精神」にとって性に関する二律背反は、矛盾として感じられるものではなかったのである。

なまめかしい女体と比較するために、ルーカス・クラナハ(父)によるルターの肖像版画を見ておこう。ルターは禁欲的な人間として描かれている。ルターに寄せるクラナハの敬虔な信仰心がよくあらわれている。この版画を描いた同じ画家が、なまめかしい《三美神》を描いたのだ。

それは矛盾するものではなかった。敬虔な信仰心となまめかしい女体像が、矛盾することなく同居することができたのだ。

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ルーカス・クラナハ(父)作《修行僧に扮したマルティン・ルター》(1520年)