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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

セザンヌ――《数珠を持つ老婆》

セザンヌに完成作品はないのかもしれない。セザンヌにとっての完成作品は、次に描く予定の絵だった。つまり、描き終えた作品には興味を持たなかったのだ。

このようなセザンヌの創作態度を示すのは、セザンヌの伝記を書いたジョワシャン・ガスケによる次のようなエピソードだ。

セザンヌは、満足だっただろうか。ジャ・ド・ブッファンで、一年半ほど《数珠を持つ老婆》に没頭した。描き終えると、画布を隅っこに捨てた。ほこりまみれになり、床に落ち、もとの姿がわからないようになって、容赦なく踏みつけられた。ある日私は、暖炉の横の、石炭のバケツの下にその姿をみとめて、掘りだしたが、亜鉛の管から五分おきに蒸気がゆっくりしたたるのを受けていたのだ。いかなる奇蹟のおかげでもとの姿のままに保存されたものか、私にはわからない。私はそれをきれいにしてみた。女の姿が私の目の前に現れた。あわれな女は、すっかり身をかがめて、依怙地に、あきらめきって、頑固な姿でそこにいた。
ジョワシャン・ガスケ(與謝野文子訳)『セザンヌ

ジャ・ド・ブッファンというのはセザンヌの父親が残してくれた邸宅だった。セザンヌは世間づきあいをほとんどせずに、ジャ・ド・ブッファンの邸宅に籠って、絵を描き続けていたのだ。

《数珠を持つ老婆》は次の絵だ。

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セザンヌ作《数珠を持つ老婆》(1895-96)ロンドン ナショナル・ギャラリー

セザンヌの絵はとっつきにくい。鑑賞者にサービスすることがないからだ。ぼくはこの絵からセザンヌに魅せられるようになった。この絵はドストエフスキーの小説を読むように眺めることができる絵だった。だからこの絵からセザンヌの世界に入ることができたのだ。

ところがガスケによると、この絵は踏みつけにされ、「石炭のバケツの下」で五分おきに蒸気の滴りを受けていたのだ。

このエピソードを読んだときの衝撃は大きかった。これほどの傑作でも、セザンヌにとっては保存に値する絵ではなかったのだ。

ガスケがセザンヌから聞き出した話では、この老婆は元修道女で、70歳で修道院を脱出してさまよっているところを、セザンヌが引き取って、下女として雇っていたということだ。

セザンヌがガスケに語ったことは、それ自体がすぐれた掌編小説となっている。ところが、それは架空の物語ではなかった。一年半にわたってセザンヌが没頭した現実そのものだったのである。

セザンヌにとって、老婆の狂気は取るに足りないことだったのかもしれない。このようなセザンヌの正気さが、セザンヌの作品を深いものにするとともに、とっつきにくいものにするのだと思えた。