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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

レンブラント――《病人たちを癒すキリスト(百グルデン版画)》

イエスの言葉は過激だった。天国は幼な子のものであり、金持ちが天国に入るのは駱駝が針の穴を通るよりむつかしい。そして、先の者はあとになり、あとの者は先になる、と。これらは「マタイによる福音書」第19章でイエスが述べたことだ。

レンブラントの銅版画《病人たちを癒すキリスト(百グルデン版画)》は、「マタイによる福音書」第19章のさまざまなシーンを描いたものだ。

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レンブラント作《病人たちを癒すキリスト(百グルデン版画)》1649年頃

版画の中央に立つイエスの右側には、イエスに癒してもらうために集まった病人たちがいる。

イエスはこれらのことを語り終えられてから、ガリラヤを去ってヨルダンの向こうのユダヤの地方へ行かれた。すると大ぜいの群衆がついてきたので、彼らをそこでおいやしになった。
「マタイによる福音書」19:1-2(日本聖書協会

イエスの右手の先には、イエスに赤子を差し出す女性がおり、壮年の男性(イエスの弟子)がその女性を止めようとしている。

イエスに手をおいて祈っていただくために、人々が幼な子らをみもとに連れてきた。ところが、弟子たちは彼らをたしなめた。するとイエスは言われた、「幼な子らをそのままにしておきなさい。わたしのところに来るのをとめてはならない。天国はこのような者の国である」。そして手を彼らの上においてから、そこを去って行かれた。(同前19:13-15)

版画の右端には駱駝が描かれている。それは次のエピソードを示すものだ。

ひとりの人がイエスに近寄ってきて言った、「先生、永遠の生命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」。……イエスは彼に言われた、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。この言葉を聞いて、青年は悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。 それからイエスは弟子たちに言われた、「よく聞きなさい。富んでいる者が天国にはいるのは、むずかしいものである。また、あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。(同前19:16-24)

レンブラントの版画では、駱駝は病者たちの列の後ろに描かれている。イエスに触れてもらえる順番としては、幼な子、病者、駱駝の順になる。駱駝が通る天国に至る針の穴を、幼な子や病める者たちが、駱駝よりも先に通るのである。

赤子を抱いた女性の左にしゃがみこんでいる若者がいる。それが富める青年なのだろう。

「マタイによる福音書」第19章の最後では、弟子たちに対して、次のような謎の言葉が投げかけられている。

わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた者は、その幾倍もを受け、また永遠の生命を受けつぐであろう。しかし、多くの先の者はあとになり、あとの者は先になるであろう。(同前19:29-30)

「しかし」という意味は、イエスに従うために「家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた」弟子たちよりも先に、「幼な子、病者、貧しい者」たちが「永遠の生命を受けつぐ」ことになるということである。

レンブラントの版画では、イエスの祝福を受ける者たちが、その順で描かれている。

病者や駱駝の対極をなすものは、しゃがみこんだ青年の後ろにいる者たちだ。彼ら裕福であり、パリサイ人(=知的エリート階層)であり、光の中にいる。しかし彼らが天国に入るのは、「らくだが針の穴を通る」よりもむつかしいのである。