rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

カラヴァッジョ――《ロレートの聖母》

カラバッジョの描く宗教画の中でも、傑作の一つとされるのが、《ロレートの聖母(巡礼者の聖母)》だ。

f:id:rapanse:20160305003528j:plain

カラヴァッジョ作《ロレートの聖母(巡礼者の聖母)》1604年頃、サンタゴスティーノ聖堂(ローマ)

カラヴァッジョの描くマドンナ(聖母)は、人々を慈しむように見つめる。

巡礼の老夫婦は幼児キリストを拝んでいる。ところがキリストの顔に光があてられるのは、側面の一部だけだ。キリストの表情をうかがい知ることはできない。

それに反して、マドンナは長い首筋から横顔のすべてに至るまで光があてられている。その光の効果によって、老夫婦のキリストに捧げる祈りは、マドンナに受け取られることになる。

マドンナは両足を交差させて立ち、右足はつま先立ちになっていることがわかる。このような姿勢は、相手に関心があることを示している。つまりマドンナは、老夫婦の捧げる祈りの言葉を、傾聴しようとしているのだ。

老夫婦の男性のほうの足の裏は泥まみれだ。それは彼らが地上でも底辺層に属する人々であることを示している。

マドンナとキリストは老夫婦よりも階段一段分だけ高いところにいる。つまり、地上2メートル以内の高さだ。この高さにより、マドンナとキリストは地上的な存在となる。

そのような高さの設定をすることによって、マドンナとキリストは、祈りを捧げる老夫婦にとって触れることのできる存在になる。絵の中でも、幼児キリストの左足の先と祈る老人の指先は、ほとんど触れんばかりに描かれている。

これだけ民衆に身近な聖母子像は、かつて描かれたことがなかったのではないだろうか。おそらくカラヴァッジョは、聖なるものを地上的な存在として描きたかったのだ。

しかし地上的に描かれたとしても、カラヴァッジョの描く聖なるものは、日常的な存在ではなかった。それがカラヴァッジョの描く聖なるものであった。