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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

19世紀の格差社会

トマス・ピケティ テオドール・ジェリコー

経済学者のトマ・ピケティ(1971-)によると、19世紀のジェントルマン階層やブルジョワジーたちは、平均所得の20倍から30倍の収入がなければ、困窮生活をしていると感じていたらしい。

ジェイン・オースティンの描いた『高慢と偏見』(1813年)の経済的生活は次のようなものだ。

1800年代初期にジェイン・オースティンが長編を書いていたが、当時の平均所得は年30ポンド程度だった。……快適かつ優雅に暮らし、きちんとした移動手段と衣服を確保し、たらふく食べ、娯楽と必要最小限の使用人を確保するためには――彼女の基準だと――少なくともその20倍から30倍は必要なのを知っていた。彼女の小説の登場人物たちは、年収500から1000ポンドは確保しないと、窮乏から逃れたとは考えなかった。
トマ・ピケティ(山形浩生他訳)『21世紀の資本』

バルザックの描く『ゴリオ爺さん』 (1835年)の経済的生活は次のようなものだ。

フランスでは1810~1820年の平均所得は年400~500フランだった。これはバルザックの『ゴリオ爺さん』の舞台となった時代だ。……バルザックもオースティン同様、まともな生活を送るにはその20倍から30倍が必要な世界を描いている。年所得が1万から2万フランなければ、バルザックの主人公は自分が困窮生活をしていると感じただろう。(ピケティ同前)

ゴリオ爺さんは没落し、赤貧の生活を送るが、その年収は当時のフランスの平均所得にあたっていた。

ゴリオ爺さん』では、老人の没落ぶりが、年間の支出を500フラン(ほぼ当時の平均所得に相当――バルザックにとっては赤貧を意味した)に抑えるために、かれが下宿屋ヴォッケーの最も汚い部屋に住み、最も乏しい食事で生きることを強いられている事実によってすぐに示される。(ピケティ同前)

ピケティは、21世紀の現在、世界の先進国は19世紀と同じような格差社会に突入するだろうと警鐘を鳴らしている。

次の2点の絵はテオドール・ジェリコー(Théodore Géricault, 1791-1824年、フランス)によるものだ。二つの絵を見比べると、19世紀の格差社会がよくわかる。

競馬はブルジョワジーの高尚な趣味を表わすものだ。窃盗狂の男は精神病院に入院している。ジェリコーは精神病者を好んで絵の題材にしたが、ジェリコーの描く精神病者は、精神を病むとともに、貧しい民衆であることを意味している。

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《エプソムの競馬》( 1821年)

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《窃盗狂の男》(1821-24年)