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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

働く女たちを描いた歌麿

女性たちが経済的自立を果たすことがなく、男性に従属的な存在にすぎないとするのは、近代西欧世界をモデルにした見方のようだ。

フランス革命後のナポレオン民法典(1804年)により、女性の財産管理権、参政権などが否定され、女性の社会的地位は著しく低下し、夫に従属する存在になる。ヨーロッパの市民社会は、女性の社会的地位の低下と反比例して、確立されていくのである。

江戸時代の日本女性の社会的地位は高く、経済的にも自立していたことは、江戸研究ではすでに自明なものとされるようになってきている。たとえば法制史学者の高木侃(ただし)は、江戸時代の特産品生産を担ったのは女性たちであり、そのため女性たちは経済的に自立していたと指摘している。

すでに元禄期〔1688-1707〕以降、農業生産が飛躍的に増大するなかで、各地方において特産品生産がしだいになされ、この担い手であった女が現金収入を得ることを体得し、経済的に自立しうる基盤が整うようになった。(高木侃『三くだり半と縁切寺』)

カイコ(蚕)を飼ってその繭から生糸(絹)を作る産業である養蚕業は、女性たちの独壇場であり、浮世絵でも好んで描かれたテーマの一つであった。

養蚕業をテーマにしたシリーズはいくつかある。喜多川歌麿が描くと次のようなものになる。タイトルは『女織蚕手業草(じょしょくかいこてわざぐさ)』(1798-1800年)で、12枚のシリーズものである。

絵の詞書(ことばがき)もあるので、絵と合わせて味わってみたい。絵はすべてボストン美術館収蔵作品である。

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 女織蚕手業草 壱
蚕種の紙に産み付けたるが三月中気穀雨前後に生まれ出るをかへるといふなり 既に帰り出て一番二番などゝ別ち折敷ヘ入 桑の葉をこまかにきざみあたふるなり これを黒子とも壱つずへともいふなり

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女織蚕手業草 弐
蚕わづらひなやむ事四度あり是を眠ともよどむ共いふ すべてやすみの時は桑をあたふるに是加減有

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 女織蚕手業草 三
蚕三度の休の後桑をくるゝの図 次第に大きになりますます多くなる故 外の竹箔やう乃ものにうつし桑の葉を割み製するにいとまなし

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女織蚕手業草 四
蚕四度めの休 大眠の図 にわの休とも云 追付起出べき時をうかゞひ其用意をなす体なり

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女織蚕手業草 五
大眠起して後桑の葉を製する図 大眠起して後桑をくるゝ事まへまへよりハ多きゆへ 桑の葉を採製するにいとまなくいそがしき体なり

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女織蚕手業草 六
蚕まゆを作る図 はい子といふ 広きふたの類に椎柴などの物を敷入て ひきりたる蚕を置てわらをおゝいにしてまゆを張すなり 四五日もして後まゆを一つつゝもぎはなして取なり まゆ張物を簇(ぞく)といふなり

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女織蚕手業草 七
蚕の種を取図 簇物(まゆはるもの)より取時 形のよき蚕をゑらんで 糸にてくゝり釣置ハ蛾(ひが)の蝶になり 出る牝牡を一つにして紙に移し置ハ段々子を産付るなり これをうハ子といふ

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女織蚕手業草 八
蚕糸を吐終り蝶になりて飛図 これを蚕蛾といふなり

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女織蚕手業草 九
繭を糸にくり取図 生繭を塩に浸すことあり 大き成壺の内底に竹の簀を入 其上に桐の葉を敷 又其上に繭を敷ならべ また其上 桐の葉を敷て塩をふりかけ よく蓋をして上を泥にて塗ふさぎ 七日して取出し 釜に入 籰(わく)にかけて糸にくり取なり

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女織蚕手業草 十
糸綿を択み分る図 簇(まゆはり)より糸をおろし 色白くいさぎよきを細糸のまゆとし 色黒きを粗糸乃まゆとす 真綿に引ても上中下をゑらみ分ち 形を作りて束綿幾ばく把とするなり

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女織蚕手業草 十一
蚕の神を祭る事ハむかし 軻遇突智(かぐつち)埴山姫(はにやまひめ)に逢て 雅産霊(わかむすび)を産 此神の頭に蚕と桑となれり 故に 日本にてハ雅産霊を祭るへきものか 人皇二十二代雄略天皇乃御后みつから養蚕し給ふ 唐土にてハ黄帝の后 西綾氏を始とする也

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12枚目には詞書はない。髪を乱し、胸をはだけ、一心不乱に機織する女性たちが描かれている。それまでの11枚が優美であったのに対して、最後に、特産品が出来上がるときの高揚感が描かれているといってもよい。

歌麿の浮世絵を見ていると、労働の場が喜びに満ち溢れていることがわかる。ゴッホは浮世絵をポストモダン(脱近代)へのガイドラインとした。ぼくたちも、江戸研究からポストモダンへ至る道を探さなければならないだろう。