rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

沖縄の父系親族は親族集団なのか

現在の沖縄の親族組織は、タテマエとしては父系で編成されていることになっている。一方、母系親族とのかかわりは一世代か二世代くらいまでであり、それ以降の世代には親族として意識されることは少ない。

それに反して、父系親族とのかかわりは永続的なものとみなされている。これは、実際にそうであるのかどうかということではない。そのようにあるべきだという言説が、強固に形成されている、ということである。

このような言説に対して、明晰に否定しているのは、思想家の吉本隆明(1924-2012)である。吉本は1972年の講演で、沖縄の父系的親族組織は親族組織と呼ぶことはできないだろうと明言している。

この門中組織というのは父系的に展開された親族組織というように民俗学者はいいますけれども、ぼくは、親族組織としてはそんなに大きな意味はない、理論的には親族組織というようにはいえないだろうとおもいます。なぜかと申しますと、この形態は階層的にも一部しか行われていないということもありますけれども――一部行われていることはいいのですけども――、家族との必然的な矛盾とか、家族との必然的な非矛盾とか、つまり家族形態との関係における必然性というものが存在しないということが大きなことだとおもいます。だからこれを父系的な親族組織あるいは親族形態というように呼ぶことはできないだろうとぼくはかんがえます。
吉本隆明「家族・親族・共同体・国家」より)

 言葉の意味から説明すると、門中(むんちゅう)というのは祖先祭祀を中心として形成されている父系親族集団のことをいう。その門中を「親族組織というようにはいえないだろう」と吉本は明言しているのである。

「家族との必然的な矛盾とか、家族との必然的な非矛盾」などというように、吉本の言葉は難解な概念からできあがっている。しかしせっかく門中組織は親族形態と呼べないと言っているのだから、この概念を手離すのは惜しい。

個人的な体験からいうと、母系親族集団のもつ相互扶助機能には目を見張るものがあった。親族集団から社会的脱落者を出さないという強い意志を感じたのである。それは集団の意思であり、暗黙のうちに共有される感情であった。

この相互扶助機能が父系親族集団に適用されると、大きな負担感を招くようになる。父系親族集団には相互扶助を機能させる何かが欠けているのである。この何かが欠けているというような感情が、吉本がいう「家族形態との関係における必然性というものが存在しない」という表現にあたるのかとおもえる。

手探りで進もう。母系親族には助け合うのが当然という雰囲気があった。しかし父系親族を助けるのは、自分を犠牲にするという感情がともなうものだった。この差が必然性の差だといえるだろう。

自分を犠牲にするという感情が生じるとき、そこには永続的な親族関係が形成されることはない。そのため父系親族集団は、相互扶助の必然性をともなった親族集団ということができないのである。

母系に対する親和性は、瀬川清子の『沖縄の婚姻』でも確認することができる。1959年のフィールドであるが、羽地村(現名護市)では門中は義務的観念であり、親和性の高いのは妻の実家であるという記述がなされている。

嫁の家で手伝いが必要な際には、聟は、自家同様情義で働いた。聟は実親よりも家内の親のことをよく考える。一番親しいのは妻の家で、人情でいくが、門中は義務観念である。

 男性は自分の親よりも妻の親を大事にし、門中よりも妻の実家に高い親和性を持っていたということだ。

それならばなぜ、沖縄の親族組織は父系的に組織されているという言説が存在するのだろうか。それは永遠という時間意識によるものだとおもわれる。

母系親族集団は地縁的性格の強いもので、シマ社会という時空に形成されるものだった。そして永遠という時間意識もシマ社会という時空に空間的に結びつくものだった。空間的というのは、山の洞窟とか海中の岩や小島などが神の来臨する神話的時空として存在していたということである。

社会の近代化にともなって、このような神話的時空は希薄なものに変化していく。それに代わるものとして、歴史的な系譜が、永遠という時間意識を保証することになる。文字化された歴史的先祖と結びつくことによって、永遠という時間意識を確保していくのである。

永遠という時間意識の変化は、決定的な変化だった。それは母系親族集団から父系親族集団への急速な再編成を招き、その結果、シマ社会というコミュニティから親族集団が分離していくことになる。

しかし近代沖縄において、シマ社会に代わるような地縁コミュニティを形成することはなかった。そのことによって、母系親族集団から父系親族集団への再編成は家族を地縁的コミュニティから引き離していくことになった、といえるのである。