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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

なぜエイサーに惹かれるのか?

綱引きにはチナムシ(熱狂的綱好き)という言葉はある。ところがチナムシに負けないようなアディクト(熱狂的な愛好者)が、エイサーにも存在する。その熱狂的なエイサー好きをエイサー・アディクトと名付けよう。

エイサー・アディクトは、多くの場合、夜の路上で起こる。静寂の支配する夜の大通りや路地の交差点などで、太鼓のかすかな音が聞こえると、身体がエイサーをめがけてぐんぐんと進んでいくのだ。

大通りであれば路上駐車する車で路側帯は埋め尽くされ、路地であれば近所の人たちが小さな子どもの手を引いて、エイサーに魅入っている。ぼくもその見物する一員だ。

エイサーの追っかけをするとき、いつも不安に胸が締め付けられる思いをする。夜の静寂(しじま)の中でエイサーに出会えなければ、そこに耳を澄ませて立っている自分は、無意味な存在になってしまっているという不安である。

ところが太鼓のかすかな音、指笛のかすかな響きが聞こえると、不安感は一挙に消し飛んでしまう。それと同時に、身体はそこに向かって動き出すのだ。小走り気味になって、路地裏だろうと人混みが出来ていようといっさいの障害物におかまいなしに。

なぜぼくたちは、そんなにもエイサーに惹かれるのだろうか? さしあたって、その理由を二つ挙げることができる。一つはエイサーが庭の芸能であることである。もう一つは、エイサーは沖縄の宗教の基底にある来訪神祭祀を、近代に再構築したものだといえるからだ。

一つ目の庭の芸能であるが、芸能には舞台の芸能――家屋内での芸能も含まれる――と庭の芸能――アジマー(十字路)での芸能も含まれる――との二種類がある。

舞台の芸能は舞台というバーチャルな時空を創出し、そのバーチャルな時空に神が出現するという形態をとる。異界=他界にいる神を招き降臨させるのが、芸能の原初的な形態だった。神出現の後に演じられるのが、異界=他界から神が引き連れてきた精霊や霊魂たちの芸能だ。舞台で演じる役者や舞踏家たちは、舞台というバーチャルな時空を踏むことにより、半ば霊的な存在になる。それが舞台の芸能だ。

庭の芸能はそれとは異なる。人間の世界と霊的な世界とを隔てる、舞台というバーチャルな時空をもたないので、観客・聴衆は、演じる者たちとともに、半ば異界=他界の存在に変身しなければならない。そのように変身できる者こそが、庭の芸能の鑑賞者ということになる。つまり、庭の芸能を鑑賞するときには、自らも霊的な存在に変身しなければならないのだ。あたかも霊的な存在に変身するために、ぼくたちは小走りにエイサーの鑑賞に駆けつけることになるのだろう。

エイサーに惹かれる二つ目の理由として、エイサーは沖縄の宗教の基底にある来訪神祭祀を、近代に再構築したものだということをあげた。

来訪神というのは、折口信夫が提唱した「まれびと」という神のことである。折口によると、日本の古代の村々には、海のかなたから来訪する神がいた。

てつとりばやく、私の考へるまれびとの原の姿を言へば、神であつた。第一義に於ては古代の村々に、海のあなたから時あつて來り臨んで、其村人どもの生活を幸福にして還る靈物を意味して居た。
(「國文學の發生(第三稿)」1929年)


折口は、沖縄の祭を見ることによって、この「まれびと」の着想を得ている。つまり、「まれびと(=来訪神)」の来臨は、沖縄では古代の村々に起きたことではなく、現在のシマジマに繰り返し起きていること、だったのである。エイサーはこの「まれびと(=来訪神)」の現代版バージョンともいえるものであった。

なぜエイサーが来訪神の現代版バージョンともいえるのか? それはエイサーが近代社会に再構築されたモーアシビだったからである。

モーアシビは未婚の青年男女の配偶者選択の場であった。それとともにシマ社会に神を降ろす、歌垣の場でもあった。琉球古典音楽の一つである『安波(あは)節』は、国頭村安波のモーアシビの情景を歌ったものである。意訳すれば次のとおりである。

『安波節』
一、安波の絶壁(まはんた)は、心に風をあてて涼むところ
二、宇久(うく)の松下は、ベッドインするところ
三、安波のノロのお屋敷に、黄金の灯篭を下げて
四、それに明かりが灯されれば、弥勒世の果報がもたらされる


安波の集落は、古くは港に面した山の斜面にあった。その山の中腹にノロ屋敷や神アシャギがあり、さらにその上の頂上近くに、モーアシビの場所であるマハンタ(絶壁)があったのである。空間的な構造からいうならば、未婚の青年男女の歌垣であるモーアシビの場が頂点にあり、その頂点から少し下ったところに、ノロ屋敷や神アシャギなどの神を祀る場所がある。つまり、モーアシビの場所であるマハンタ(絶壁)の広場は、神々が来臨する聖域であったことになる。

安波のノロ屋敷では弥勒(ミルク)という来訪神を招く。「まれびと(=来訪神)」の形態はシマによってさまざまであった。地域によって、長者の大主(ウフシュ)、パンーントゥ、獅子、草木をまとった「草荘神」など、人々のイマジネーションに応じて、多彩な形態を採った。姿をもたない霊としてだけの神の場合もあった。

神に扮したのは、多くの場合、モーアシビの青年たちだった。安波でいうと、マハンタは、神の降臨する位置づけにあった。集落があり、神を迎える神アシャギがあり、その神アシャギの天空にマハンタはあった。つまりマハンタは、神の降臨する聖域だったのである。空間的な位相に従うと、モーアシビの青年男女は、神アシャギで迎えられる神の位相を占めることになる。

モーアシビは、明治30年代以降に盛んになる風俗改良運動の標的となって、大正時代には社会の表面から姿を消していくことになる。モーアシビの衰退と逆比例して、位牌継承慣行が本格的に民衆化していく。位牌祭祀の普及にともなって、祖先供養の念仏が必要とされるようになってくる。ニンブチャー=チョンダラーたちの念仏が、一部の富裕層にだけではなく、位牌を祀る一軒一軒に必要とされるようになっていったのである。

このタイミングで、モーアシビに参加すべき青年男女は、ニンブチャー=チョンダラーの芸能であった念仏を、自分たちのシマの芸能に変容させて行くことになる。それは念仏とモーアシビが融合して再構築を遂げた、エイサーという芸能であった。モーアシビが社会の表面から姿を消す代わりに、モーアシビはエイサーとして再構築され、社会の表面に出現することになるのである。

なぜぼくたちはそれほどまでにエイサーに惹かれるのだろうか。ぼくたちがエイサー・ウオッチングでアディクトの状態にまでなってしまうのは、エイサーが庭の芸能であり、来訪神祭祀の現代バージョンであるために、ぼくたち自身も来訪神祭祀に立会い、半ば霊的な存在になってしまうからではないだろうか。


写真は『1950's "Blackie-San" Okinawa Project by wbmstudioarts』より、1963年のエイサー・コンクールでのエイサー。