rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

国頭村安田(あだ)紀行(3)

ヤンバル(山原)東周りのコースは、海沿いを走ることが少ない。道路はたまに海岸沿いのルートに出会うだけで、残りのほとんどは丘陵地帯で、アップダウンを繰り返すことになる。

この地域の交通手段は、もともと海上交通が中心だった。山原船(やんばるせん)と呼ばれた小型帆船がシマとシマとを結んでいた。東周りコースの道路が開通したのが1960年代のことであり、その道路が舗装されたのは1980年代に入ってからのことだ。有史以来、東周りコースの歴史のほとんどは海上交通の歴史であり、陸路は半世紀と経っていないのだ。

そのためヤンバル東周りのコースは、深い山に入っていくような感覚を、運転する者に与える。大浦湾を離れたあたりから篠突く雨が降り始め、行き先の北方の国頭村の上空に、台風の切れ端のような雨雲が立ち込めているのが見えた。車はその雨雲の中に突っ込んでいくことになる。視界が利かない激しい雨脚の中を走り続け、車は安田の集落に到着する。

安田はシマ社会の基底的な村落構造が、わかりやすい形で残されている集落だ。西の山側に茅葺きの神アシャギのある拝所があり、拝所の前の広場に共同店があり公民館がある。集落の南端を西から東に川が流れ、海に達する。川の向こうの浜辺には墓地があり、他界となっている。浜辺に立つと、地先の島である安田ヶ島が視界いっぱいに広がる。

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島袋源七(1897-1953)著『山原の土俗(1929)』によると、安田には旧暦7月の亥の日に行われる「ウンギャミ(海神)祭」と「シヌグ」という祭りがあり、隔年交互に催されるようである。ウンギャミでは女性たちが神となり、青少年を猪や魚に偽装させ、偽装された猪を弓矢で射、魚たちを網で巻き取る。その儀礼によって、海の幸、山の幸の豊饒を予祝する。

シヌグでは男性たちが集落三方の山にのぼって、草木を身体につけ、「草荘神」となる。そして集落内を清めながら浜に向かい、浜に着くと山を拝み海を拝む。これがすむと木の葉の着物を海に流し、海に浸かって身を清める。それから田草取りの真似をし、稲作の豊饒を予祝する。その後に男女の相撲があり、男は女に負けることが慣例になっていた。

ウンギャミとシヌグの祭りによって、狩猟採集における豊饒と稲作農耕における豊饒が予祝されることになる。写真は1938(昭和13)年の国頭村安田のシヌグの草荘神である。おそらく木の枝で子どもたちの祓いをしているところだろう。現在はもう少し簡略な仮装をしているようだ。シヌグの夜には、女性たちによる豊饒予祝の円陣舞踊・ウシデークが行なわれる。

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民宿は川沿いにある。民宿で少し休むと、集落内を散策する。神アシャギを見、共同店を覗き、慰霊碑の立つ小さな公園を歩く。公園内の樹木群は、人間に手入れされた自然と、人間の力を超えた野性とが、程良い形で調和して、スピリチャリティに満ちた世界を作り出していた。ガジュマルの古木は、枝の茂みのなかに洞をつくり、その洞の暗がりからは、まるで異世界へつながっていくかのようだった。

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集落内を東に進み、浜に出てみる。安田ヶ島を取り巻くリーフで外界の波が砕かれるため、浜辺の波は足首を揉むようにゆったりと波打っている。文化人類学者のB.マリノフスキ(1884-1942)は、トロブリアンド諸島では波によって受胎するので少女たちは妊娠を怖れて水に入らないと述べている(『未開人の性生活(1929)』)が、安田の浜の波はそのことを思い出させる。女性を受胎させるくらいの力がありそうだった。

他の再生神話では、再生前の幼児にもっと自主性がある。それは自分自らの意志でトロブリアンドに向かって漂流し、海岸を他の連中と一緒に浮遊していて、沐浴にきた女の体内に入る機会を待っているという。この考えは海岸地方の村の少女の間に特に強い。霊児たちはトウマにいるときと同様、流木や浮垢、葉や枝、あるいは海底の小石などに付着していると考えられている。従って風や潮などによって多くの堆積物が海辺にたまると、少女達は妊娠するのをおそれて水に入らない。
(泉靖一他訳『未開人の性生活』)


トウマというのは現実の小島であるが、その地下世界は死者の霊が住む理想郷となっており、沖縄でいう海のかなたの理想郷・ニライカナイにあたっている。

驟雨が襲いかかり、ぼくたちは民宿へ引き返す。驟雨は、山から下りてきた龍が、麓をゆっくり散策するような降り方をしていた。トタン葺きの民宿の部屋で、久しぶりにトタンを叩く雨音を聞く。雨音の中に閉じ込められることになるのだが、息苦しさはなかった。むしろ、聖域に籠もっているかのような感じがして、気持ちが落ち着いた。

民宿の食堂で夕飯をいただく。民宿は川沿いにある。驟雨を飲み込んで巨大なうねりとなった川を見ながら食事をした。この川は、聖域である山と安田の集落を分かつ境界であり、人間の集落という生の世界と墓地という他界とを隔てる境界にもあたる。

驟雨を集めて大きな力を秘めながら流れている川――聖と俗、生と死という二重の意味で境界にあたる川――を見ていると、妙に心が落ち着いてくる。それは潜在化していた秩序感覚が顕在化されたために生じた、安心感だったのかもしれない。文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロース(1908-2009)は、「聖なるものはそれぞれあるべき場所になければならない」と指摘した。「聖なるものをなくせば、世界の秩序はすっかり破壊されてしまう」のだと。(『野生の思考(1962)』)

「聖なるものはそれぞれあるべき場所になければならない」と、思慮深いある現地人は深い意味をこめて述べた。まさにそのことこそが聖なるものを聖なるものたらしめるのだとさえ言ってよいだろう。たとえ頭の中だけのことにせよ、聖なるものをなくせば、世界の秩序はすっかり破壊されてしまうであろう。あるべき場所を占めているということで、聖なるものは秩序の維持に役立っているのである。
大橋保夫訳『野生の思考』)


安田の集落では、「聖なるもの」はそれぞれのあるべき場所にあった。そのことによって、ぼくの世界観を形成するある種の秩序感覚が――それは多くの場合、揺らぎのなかにあるのだが――、乱れることなく維持されたのだろうとおもわれる。

夕食後に民宿の部屋で横になっていると、長屋の風情で、あちこちの部屋から話し声が漏れてきた。その漏れ聞こえる声は心地よいものだった。それは地縁血縁を共有しない無縁の者どうしが、その無縁という縁によってつながっている心地よさだった。無縁という縁をつなげているのは安田というシマ社会であり、客のほとんどがリピーターであるという民宿の魅力によるものだった。

ぼくたちは、根なし草(デラシネ)だともいえる。聖なるものに触れることもなく、他界を目にすることもない。果てしなく続く人間たちの世界のなかで、死を含む社会の構造を顕在化することはできない。死は、川のように海のかなたの他界に結びつくのではなく、社会の表面から隠されていて、ぼくたちはまるで死が存在しないかのように生活を営むのだ。死を流れにたとえると、川の流れのようにではなく、下水管・汚水管のように地表に出ることもなく海に放出されるのだ。死は潜在化され、ぼくたちが都市で目にするのは、生者の世界だけだ。

この生者の世界では、漏れ聞こえる近所の声に、悲鳴の交ることが多い。さもないとすると、近隣の生活の音から遮断された無音の世界ということになる。ぼくたちは、生活のなかに死を取り戻す必要があるのではないだろうか。死と向き合うことによって、自己の無縁性を確認し、孤立を確認することができる。そのことによってぼくたちは、新しい縁を求めることになるだろう。そこから新たな形でのコミュニティが生まれてくるといえる。

朝、もう一度集落内を散策し、昨日とは違う、民宿の方に教えていただいた浜辺を散策する。最後に共同店で、安田で栽培された安田珈琲をいただく。コーヒー好きにとっては、地上における天国の一つだといえるだろう。

復路の金武町のキャンプ・ハンセンのあたりで、女性兵士がひとりでジョギングしているのを見た。米兵はジョギングが義務化されているようだが、デモンストレーションのためか、基地内ではなく公道でジョギングする姿も少なくない。ここ数年、そのジョギングしている姿に女性兵士の姿を見かけることが多くなっている気がする。

半年ほど前に、宜野湾市の海浜公園でマウンテン・バギー(ジョギングベビーカー)を押しながらジョギングしている女性兵士たちの集団を見たことがある。海浜公園の近距離に基地はない。おそらくデモンストレーションのために移動してきたかとおもわれる。ベビーカーの赤ん坊を見た人たちの多くは、反射的に母親と赤ん坊に微笑みかけるからである。そのとき女性兵士の姿に、育児する母としての親近感が湧いてくるのである。

アメリカでは貧しい若者を軍隊に動員する「経済的徴兵制」がとられているという。大学の学費の軍による肩代わりを利用して入隊した若者の話を聞いたことがある。ベビーカーでジョギングしていた女性兵士たちは、おそらくシングルマザーの可能性が高いだろう。経済的に困窮している者たちに、軍隊の救いの手が差し伸べられるということだ。

軍隊に関するかぎりでは、ジェンダー差別は撤廃の方向に向かっているといってもよいだろう。その代わり「経済的徴兵制」によって、階級差別が確立されていくのだといえる。キャンプ・ハンセンで見かけた女性兵士のジョギング姿に、かつての豊かなアメリカの姿はない。その代わりに、格差社会におけるジェンダー・フリーの姿をアピールすることになっている。

一泊二日の旅行で、ぼくたちは何段階もの時間意識をギアチェンジすることになる。米軍による植民地的時間意識とリゾート開発によるツーリスト的な時間意識、そしてシマ社会のもつ神話的時空の時間意識だ。この時間意識の分裂をぼくたちは統合しなければならない。この統合の努力が、ぼくたちを無口にさせるか饒舌にさせる。それはリゾート開発も軍事基地もシンプルな時間意識によって形成されており、そのシンプルな時間意識によってしか自己の存在意義を説明しないからだ。そのシンプルさに向き合って彼らに説明するために、ぼくたちは説明できなくて無口になるか、多くを説明しようとして過剰になるか、どちらかの態度しかとれなくなってしまうのだ。