rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

国頭村安田(あだ)紀行(2)

 辺野古の集落を出ると、キャンプ・シュワブを横切って、隣の二見(ふたみ)集落へと降りていく。二見集落には降りていくという形容があてはまる。台地状の辺野古崎から海辺の二見まで、道は奈落を降りるように山肌を蛇行していくのだ。

道路の両脇に生い茂る照葉樹林のトンネルを蛇行しながら急降下する中で、時間意識は日常的な時間意識を離れ、遠い過去の深い淀みのような深層の時間意識へと切り替わっていく。

辺野古にはシマ社会特有の時間意識があった。それとともに米軍人たちに対応するための植民地的な時間意識もあった。さらに高専高等専門学校)やIT企業の発するテクノクラート関連の時間意識があった。集落の中には、テクノクラートたちが辺野古の未来を描いた青写真があふれていた。それは色鮮やかな未来だったが、辺野古の集落に流れる時間意識は、その色鮮やかさの分だけ、未完成のなげやりな印象を与えるものとなっていた。

しかし辺野古の隣の二見の集落では、時間意識は明確に変化する。それら三つの時間意識の混在から抜け出ると、シマ社会のもつ神話的時空へと時間意識が変換されるのだ。

大浦湾は、二見、大浦、瀬嵩(せだけ)、汀間(てぃーま)、三原、安部(あぶ)の集落に囲まれ、湖のような景観を呈する。大浦湾の最深部にあるのが二見集落で、隠れ里のような静かなたたずまいをもつ。

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辺野古崎の坂道から大浦湾を望むことはできない。辺野古崎の海沿いには辺野古弾薬庫があり、大浦湾を望むことはできないのだ。二見の集落に降り、浜に出ると、そこからはじめて大浦湾を望むことができるようになる。

二見の浜に立つと、辺野古崎の地先の島・長島が間近に見える。この島の手前に、1500メートルの滑走路を二本持つ巨大な飛行場が建設されることになっているのだ。埋め立て区域は辺野古海域よりも大浦湾の方が広い。辺野古に新基地を建設すると、二見、大浦、瀬嵩、汀間、三原、安部という大浦湾沿岸の集落と自然の織りなす生態系が、もろくも崩れることになる。

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アメリカの文化人類学者で、精神医学の研究者、生態学者でもあったグレゴリー・ベイトソン(1904-1980)は、環境の一部の生態系の破壊がその一部の環境破壊にとどまるものではなく、より大きな精神生態系を破壊することにつながると警告した(『精神の生態学(1972)』)。

自分の関心は自分であり、自分の会社であり、自分の種だという偏狭な認識論的前提に立つとき、システムを支えている、他のループはみな考慮の“外側”に切り落とされることになります。人間生活が生み出す副産物は、どこか"外"に捨てればいいとする心がそこから生まれ、エリー湖がその格好の場所に見えてくるわけです。このとき忘れられているのは、エリー湖という「精神生態的」eco-mentalなシステムが、われわれを含むより大きな精神生態系の一部だということ、そして、エリー湖の精神衛生が失われるとき、その狂気が、より大きなわれわれの思考と経験をも病的なものに変えていくということです。(佐藤良明訳『精神の生態学』)


エリー湖はアメリカの五大湖の一つだ。そのエリー湖の生態系の破壊は、アメリカという精神生態系の破壊につながることになるとベイトソンは述べているのだ。エリー湖を大浦湾に置き換えるなら、大浦湾の生態系の破壊を黙認することは、ヤンバル(山原)という地域全体の精神の生態系を破壊することにつながる。それは、ヤンバルの精神生態系の破壊→沖縄の精神生態系の破壊→日本の精神生態系の破壊につながることになる。なぜなら辺野古の新基地は、米軍基地という日米安保上の副産物を、大浦湾という“外”に捨てればいいというマインドがその建設を黙認するものだからだ。周知のように、米軍基地は日本全国どこにとっても厄介物として扱われる。だから、黙認するものたちの日常的な思考と経験のなかに、狂気が忍び込んでいくことになるのだ。

辺野古新基地建設の問題では、辺野古の集落が当事者として扱われることが多い。しかし辺野古以上の当事者は、大浦湾に面する二見から安部にわたる集落群だといえる。大浦湾の生態系が崩れ去るとき、大浦湾に面する集落のもつ神話的秩序は、劇的に変化することになるだろう。

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大浦湾の対岸から辺野古新基地建設予定地を見るために、汀間の集落まで車を進める。この汀間の集落で、シマ社会の神話的時空を確認することができる。

辺野古崎の地先の島・長島、平島は、汀間の集落から見ると、ほぼ真南に位置する。この地先の島のかなたに太平洋が続くことになる。シマ社会の神話的時空にとって、地先の島は重要な位置を占める。シマは聖域である御嶽(ウタキ)の森によって空という垂直軸とつながり、地先の島を通して海という水平軸とつながるのである。空という垂直軸と海という水平軸の交点に、人間の世界、すなわちシマ社会が成立することになる。

汀間の集落の東側には汀間川という川があり、西側には汀間田川(ティマダガー)という小川がある。汀間川を越えた東側には、聖域であるウタキがあり、ティマダガーを越えた西側には墓地がある。太陽の昇る方角に聖域があり、沈む方角に他界が設定されている。聖域に行くにも他界に行くにも川を越えなければならない。この川で挟まれた聖域と他界のあいだに、人間の世界であるシマ社会が存在するのである。そして聖域に通じる川からも他界に通じる川からも、辺野古崎の地先の島が真南に見えることになる。

沖縄の宗教においては、地形が重要な意味を持つ。なぜならシマ社会は、神社やお寺のようなネットワーク化され制度化された宗教組織を持たないからである。ネットワーク化され制度化された宗教では、寺社がスピリチュアルな面における地形の意味を代替することが可能であるが、シマ社会においては、地形が変化し、原型が喪失されたときには、スピリチュアルな面では大きな打撃を受けることになる。沖縄の宗教においては、神の来訪する道筋は、具体的に視えるものでなければならないからである。

沖縄の宗教における最大の特徴は、来訪する神を他のシマと共有することはないという点にある。つまり単独のシマ社会だけで宗教的宇宙が完結しているということである。そのため神は名前を持つことはない。他の神と区別し、差異化する必要がないからである。神は地形とともに直接シマ社会と結びついており、空に通じる垂直軸と海のかなたの理想郷に通じる水平軸を循環することによってシマ社会を守っているのである。

単独のシマ社会だけで宗教的宇宙が完結するので、シマ社会の宗教は本山に対する末社というようなツリー型のヒエラルキー構造を採ることはない。そのためシマの宗教は、ネットワーク化された由緒を持つことが少なく、神話的な時空と直接的に結びつくことになる。つまり、由来譚や由緒譚を通して神を感受するのではなく、直接、身体的に神を感受することになるのである。

辺野古新基地建設にともなう辺野古沖の埋め立て地域周辺では、海底ボーリング調査に向けたブイの設置がされている。このブイの重りであるブロックは通常のブロックの10数倍に達し、10~45トンの重量があるということである。この重量に耐えられる珊瑚礁はない。国は基地建設よりも環境破壊を優先したようだ。なぜか。環境破壊による影響を最小限にとどめるよりも、環境破壊による影響を最大限に極限化する方が、スピリチャリティの低下を招く。そのスピリチャリティの低下が、基地建設の推進に最も有効な方法になると認識されているからであろう。

海上に浮かぶオレンジ色のブイを見るためには、汀間よりも大浦湾の奥に位置する瀬嵩まで引き返す必要がある。瀬嵩の浜辺までブイは迫っている。この位置でブイが間近に見えるということは、大浦湾のほとんどがブイで囲われていることを意味する。湾全体の生態系が囲い込まれ、珊瑚礁を中心とした生態系が破壊されつつあるのだ。

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ベイトソンは「エリー湖の精神衛生が失われるとき、その狂気が、より大きなわれわれの思考と経験をも病的なものに変えていく」と告発したが、ぼくたちも大浦湾の生態系を囲い込むブイの連なりに、日本という国家の、狂気の姿を見ることができるだろう。