rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

贈与論――社会的父

マリノフスキはクラ交易以外に、ヨーロッパの社会科学にもう一つの大きな発見をもたらすことになる。それは「社会学的父(sociological father)」としての父親の存在の発見である。

社会学的父というのはマリノフスキによる造語で、父親の存在意義や役割を生理学的父から分離するためのものだ。マリノフスキ社会学的父を次のように定義する。

受胎を社会学的に適法的事実と限定する諸条件の中には、根本的に重要なものが一つある。親族関係の生理学的側面に関するもっとも道徳的なそして法律的な規則は、いかなる子供も、社会学的父(sociological father)の役割を担う人、すなわち、監護者であり保護者であって、子供と社会の爾余(じよ)の人々を結びつける一人の男子――しかも一人の男子であることは勿論である――なくしてこの社会に生まれるべきものではないということである。
(青山道夫他訳『未開家族の論理と心理』より)


社会学的父とは、子どもの「受胎を社会学的に適法的事実と限定」する存在のことである。この場合の社会学的という言葉は社会的と言い換えても問題はない。つまり社会的父である。社会的父とは、子どもの「監護者であり保護者であって、子供と社会の爾余の人々を結びつける一人の男子」のことをいう。

マリノフスキが回りくどくいっているので社会的父のイメージがわかりにくいものとなっているが、典型的な社会的父として、『新約聖書』におけるイエスの父、ヨセフをイメージすればよい。ヨセフとの結婚によってマリアの受胎は社会的に適法的事実とされる。

この社会的父という言葉は、生物学的父以外の父を指す言葉ではない。生物学的父も含めて、父という存在は社会的父という形態を取るしかないものだということを述べているのである。

そして社会的父という存在によって、家族は社会的に適法な存在として認められることになる。マリノフスキは、家族を社会化する社会的父の役割を「摘出の原則」という言葉で説明する。

わたくしはこの汎化〔社会的父の役割〕は普遍的な社会学的規則となっていると考える。そして、このようなものとして、以前の著書の中においてこれを摘出の原則(The Principle of Legitimacy)と称してきたのである。摘出の原則のとる形式は、(中略)種々相のすべてを通じて、父は子の完全な社会学的地位ならびに母の完全なる社会学的地位のために不可欠であり、また、女とその子とから成る集団は、社会学的に不完全であり不適法であるという規則が存在する。換言すれば、父は家族の完全な法律的地位のために必要であるということである。(前掲書)

マリノフスキの言葉は、まるで家父長制における父の役割を述べているかのようである。父がなければ家族は社会的に適法な家族としては成立しない、と言っているので、これを家父長制的父の説明だと思い込む人も出てくるだろう。しかしマリノフスキが述べているのは、父が家族にとって「よそもの」である母系社会の家族について述べているのである。母系社会になぜ父なる存在が必要とされるのかを述べているのである。

母系社会のトロブリアンド諸島で、父と子のあいだに血縁関係がいっさい認められていないことをマリノフスキは発見した。トロブリアンド諸島では、男女のセックスによって子どもが生まれるという見方は、完全に、そして徹底的に否定されていたのだ。

子供をつくるのはもっぱら母親であって、男は決してこれにたずさわらないという考え方が、トロブリアンド島民の法体系でもっとも重要な要素となっている。生殖に関する彼らの考え方は子供は母と同じ肉体からなり、父親と子供との間には、肉体的なつながりは全然ないということである。(泉靖一他訳『未開人の性生活』)


父系社会の支配階級の家族や近代社会に形成された近代家族では、生物学的血縁関係を中心に父子関係が設定される。父子間の血縁関係の認められない母系社会では、父子間はどのような情愛によって結ばれることになるのだろうか。

マリノフスキの参与観察によると、「子供の世話は、夫のレッキとした仕事」であり、「父親は自分の義務を正当に、かつ喜びをもってやっている」ものだった。ここには父系社会のヨーロッパの父親とは異なる父親像が出現することになる。「赤ん坊を腕や膝に抱いてあやすことは、父親の独特の役目であり義務でもある」のであり、「彼はヨーロッパ人の父親にはまれにしかみられない愛と誇りに満ちた眼をもって、何時間も幼児をあやしている」とマリノフスキは述べる。

子供の世話は、夫のレッキとした仕事ともなっている。彼は子供をあやしたり、背負ったり、洗ってやったりしている。また父親は子供が生れたときから、母乳のほかに潰した植物性の食べ物を与えたりする。実際、赤ん坊を腕や膝に抱いてあやすことは、父親の独特の役目であり義務でもある。(中略)子供達が「よそもの」である父親にたいして何故に敬意を払うのかと尋ねると、その理由は子供の「養育」のためであり、「父の手は、子供の排泄物で、よごされ通し」だったからなのである。父親は自分の義務を正当に、かつ喜びをもってやっている。彼はヨーロッパ人の父親にはまれにしかみられない愛と誇りに満ちた眼をもって、何時間も幼児をあやしている。(前掲書)


下の写真はトロブリアンド諸島の父子である。「父の手は、子供の排泄物で、よごされ通し」だったことがうかがえる。小さい子どもが乗っかっているのはクラ交易用のカヌーで、カヌーには立派な飾りのついた船首が備わっている。

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「トロブリアンド島では結婚は嫁入婚であり、女は夫の村に移り夫の家に住む」(前掲書)ものだった。つまり子どもは父親の村で育つことになる。それなのになぜ子どもたちにとって父親は「よそもの」だったのだろうか。それは子どもが所属すべきコミュニティは母の村のコミュニティであり、父の村のコミュニティに所属することは原則的には認められていないという点からくるものであった。

この「よそもの」問題で、マリノフスキがくわしく調べているのは、交叉いとこ婚である。父が息子の村での市民権を確保させる方法は、息子を自分の姉妹の娘と結婚させることであった。そうすれば姉妹の娘の夫として、息子は父の村の市民権を確保することになる。

酋長がその息子とその子孫のために、村での完全な市民権を永続的たらしめ、死ぬまで贈りものの所有を確保する唯一の方法がある。その方法は息子をして、父方交叉いとこ婚つまり息子にとって「父の姉妹の娘」あるいは「父の姉妹の娘の娘」と結婚せしめることである。(前掲書)


交叉いとこ婚を取らなかった場合には、こどもはどこで結婚生活を贈ることになるのかは、マリノフスキの著書からは発見することができない。いずれにせよ、交叉いとこ婚でもしないかぎりは、子どもは「よそもの」のコミュニティで育つことになる。

父子間に生物学的な関係性がないにもかかわらず、あるいはそれが認められないことによって、逆に父子間の情愛は細やかなものになる。マリノフスキはこの現象を観察して、社会的父という用語を生みだすことになる。

通常の父子関係は、生物学的父子関係であるとともに社会的父子関係であることが多い。ところが生物学的父子関係の存在を否定するトロブリアンド諸島で参与観察することにより、マリノフスキは生物学的父と社会的父は同一のものではないことを発見する。生物学的関係が認められなくとも、父親は子どもの育児に専念し、成人するまで子どもの社会化を助けることになる。つまり父親という存在は、生物学的なものというよりは社会的なものとして存在するのだということを、マリノフスキは発見したのだ。

このようにトロブリアンド諸島では、生物学的父子関係の存在は否定され、社会的父子関係のみが公的なものとなっている。それは婚姻形態に応じたものだった。トロブリアンド諸島で結婚の意味するものは、単に男女の結びつきを意味するものではなかった。それは女性側の兄弟たちにとって、生涯にわたって主要な食べ物を贈与すべき相手が出現したことを意味するものであった。なぜなら男性たちは、母系親族の中で自分にかかわる女性の夫のために、食料を提供しなければならなかったからだ。

かくて誰もが自分の栽園で作った食物の一部を自分のために蓄えておくが、その他の残りは彼の女の親族とその夫達に供与するものなのだ。男がまだ若い時には、彼の義務とは、彼にとってもっとも近い女性親族すなわち自分の母に食料を用意することであり、姉妹が結婚するようになれば彼女らの家庭をも維持しなくてはならなくなる。あるいはもし母方のオバやその娘が面倒をみてくれる近い男性親族を持っていない場合には、おそらく彼女らの面倒もみなければならないだろう。(前掲書)


男性たちは、自分の姉妹をはじめとする母系親族の女性の夫たちのために、主要作物であるヤム芋をつくり、送り続けなければならなかった。すべての男性たちが、自分が食べるためではなく、親族の女性の夫たちに贈与するために、ヤム芋を作り続けたのである。この贈与するヤム芋が立派であることが、贈る男性の社会的威信を高めたのである。

良質のヤムは小屋の中央に円錐状に積み上げる。これが女性親族に貢納する作物だ。残りは隅の方に積み上げるが、これはさほど規則正しくならべたり積み上げたりしていない。良質のヤム芋の堆積は全く幾何学的な精密さでつくられ、最良のヤムが注意深くその全表面にわたって配置される。というのはこの堆積はしばらくこの小屋にそのままにしておいて、村や隣の村からくる人達に讃嘆してもらうためだ。(前掲書)

 

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写真はトロブリアンド諸島のヤム芋の収穫祭の様子である。籠に乗せられたヤム芋は、女性たちによって村中を練り歩いて誇示され、見せびらかしのパレードが行われる。
ここには贈与に対する返礼という流れはない。一定の方向に向かってなされる贈与のリンクが続くだけだ。すべての男性は与えるものであり、同時に与えられるものであった。しかしそれは同じ相手に返礼するのではなく、男性間で無限の贈与のリンクが続くだけであった。ヤム芋の贈与は、母系親族のかかわる大きな祭礼の一つだった。

種族経済の点からすれば、この毎年の結婚貢納体制はきわめて複雑な要素がある。すなわち誇示と儀式的貢納に結びつく全く付随的な仕事があるし、芋を選別したり、綺麗にしたり、山をこしらえたりする仕事があり、掛け小屋をつくる仕事もある。さらに運搬作業があるが、これも無視できない。つまり自分の栽園は自分が住んでいるところに造らねばならないし、従って作物を義理の兄弟のいる村――おそらく六マイルから八マイルもはなれたその地区の他の一角まで運ばねばならない。極端に離れている場合、時には二、三百の籠につめたヤム芋を中継地の海岸の村にはこび、それからカヌーで運搬し、さらにもう一度陸路で運ぶということも生じてくる。(前掲書)


「二、三百の籠につめたヤム芋」は「六マイルから八マイル」もパレードして届けられることになる。およそ10キロメートルから13キロメートルの距離をパレードすることになるのだ。姉妹が遠いところに嫁入りした場合には、カヌーで運搬する必要さえも出てくる。この贈与のパレードによる見せびらかしこそが、男性たちの「深く根ざした功名心、名誉、道徳的義務」(前掲書)を満たすことになる。

このような一方的な贈与の流れによって、すべての家族は、食料を含む経済的生活のすべての面で、夫にとっては妻の兄弟、子どもにとっては母方のオジに依存することになる。子ども(男の子)の社会的地位や財産も母方のオジから相続されることになる。つまり、家族の生計を支えることや子どもに社会的地位、財産を相続させることは、父の役割ではなく、母方のオジの役割となる。その代わりに父は、育児の責任を負うことになる。それが社会的父の意味するところである。

少年とその母方の伯父、息子と父という二つの関係にみられる差異を、一、二語で端的に言い表わすことは困難である。それを簡単に表現すれば、近い親族としての母方の伯父の立場は、法と慣習による権利として認められており、一方、子どもたちにたいする父の関心と愛情は、感情や両者のあいだに存在する親しい個人的なつながりによる、というのがもっともよいかもしれない。父は子の育つのを眺め、幼児にたいする母親のやさしい小さな愛護をなにかと助け、子どもを抱いて歩き、その子が年上の者の働くのを眺め、しだいに彼らにまじっていくようにさせるというような意味での教育を与えるのである。
(増田義郎訳『西太平洋の遠洋航海者』)


近代家族は、このような母方のオジからの贈与を断つところで家族を成立させる。そのことによって父は、生物学的父と社会的父を兼ねることになる。また家計を支える労働者と社会的父の役割を兼ねることになる。そして多くの場合、社会的父の役割を果たすには忙しすぎるということになる。

このような社会的父の役割を節約することによって、近代資本主義は男性を労働者として獲得し、贈与によって浪費されるべき富を蓄積することによって、劇的な発展を遂げていくことになる。そして、社会的父の果たす役割は、そのほとんどが母親に託されることになる。

このような悪循環から抜けて、男性が社会的父としてふるまうためには、まず生物学的父という拘束から解放されなければならない。生物学的父であることが重視されたのは、伝統的に、王侯貴族や騎士・武家階級などのように、財産をもちながらも働かざるものたちだった。その財産の継承のために、生物学的父が重視されたのである。

生物学的父の拘束から解放されると、再び贈与のリンクを循環させることが可能になるだろう。男性たちの「深く根ざした功名心、名誉、道徳的義務」は、より多く贈与することによって満たされるはずだからだ。

逆にいうと、生物学的父という拘束から解放されないかぎりは、男性が社会的父の役割を果たすことは困難なことだともいえる。イクメンを生みだすくらいで、方が付く問題だとは思えないのである。