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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

北米インディアンとスワドリング

エドワード・S・カーティス(1868-1952)撮影による北米インディアンの写真を眺めていると、ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)が教育書『エミール(1762)』で痛烈に批判したスワドリング(swaddling)に似た育児風景を多数発見することになる。

スワドリングというのは、次の絵のようなものだ。絵はフランスの画家ジョルジュ・デ・ラ・トゥール(1593-1652)作『生誕(1648-51)』だ。

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絵では、生まれたばかりの赤ん坊が包帯状のおくるみに包まれている。この包帯状のおくるみのことをスワドリングという。ルソーはこのスワドリングを「手足のきかない人間をこしらえている」のだと批判した。

子どもの手足を動けないようにしばりつけておくことは、血液や体液の循環を悪くし、子どもが強くなり大きくなるのをさまたげ、体質をそこなうだけのことだ。こういうむちゃな用心をしないところでは、人間はみな大きく強く、均整のとれた体をしている。子どもを産衣でくるむ国には、せむし、びっこ、がに股、発育不全、関節不全など、あらゆる種類のできそこないの人間が、うようよいる。人は、自由な運動によって子どもの体がそこなわれることを心配し、生まれるとすぐにかれらをしめつけることによって、体をそこねようとしている。かたわをこしらえまいとして、好んで手足のきかない人間をこしらえている。
(今野一雄訳『エミール(上)』)


ルソーの恫喝めいた警告は、母親たちを震え上がらせたようだ。『エミール』が出版されてからというもの、「啓発された女」と見られたいと思った母親たちは、自分の子を産着で包まないことを自慢し合うようになったという(E.バダンテール『母性という神話』)。

ところで北米インディアンたちは、乳児の育児に、クレードルボード(cradleboard)という木枠を用いていた。それで子どもを背負ったのだ。このクレードルボードでの育児がスワドリングにそっくりなのだ。

写真の1枚目はアパッチ族の赤ん坊だ(1903)。2枚目はモハーベ族(1907)だ。この写真では、クレードルボードを腋に抱えて授乳していることがわかる。

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3枚目はクロウ族(1908)、4枚目と5枚目はフラットヘッド族(1910)のクレードルボードだ。

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6枚目はカイユース族(1910)、7枚目はネズパース族(1900)だ。

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8枚目がホピ族(1921)、9枚目と10枚目がアッシニボイン族(1926)だ。アッシニボイン族の写真で、クレードルボードがそのまま揺り籠として使われていたことがわかる。

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11枚目はクレー族の写真(1926)、12枚目と13枚目はコマンチ族の写真(1927)だ。クレー族やコマンチ族では、母親たちが伝統的な衣装を着ていないことに気づかされる。

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インディアンたちは1880年代まで白人侵略者たちに対して武力抵抗をしていたが、1880年代に壊滅的な敗北を喫し、1900年代から1930年代まで、合法的にあるいは非合法的に、白人侵略者たちによって次々に土地が奪われていった。

カーティスの写真は、インディアンたちが武力闘争を止め、住んでいる土地を奪われていく中で撮影されたものだ。伝統的な衣装を着ていない母親たちの表情がどこか暗くみえるのは、そのような時代背景によるのかもしれない。

ルソーに話を戻すと、ルソーは「人は子どもというものを知らない」(前掲書)と言った。つまり、子どもを知っているのは自分だけだという宣言だ。社会史的には近代的な子ども観はルソーの『エミール』によって確立されたものとされている。『エミール』によって母親たちはスワドリングを止め、子どもの動きやすい服装という志向から子供服が作られていくようになっていく。

ところがルソーがスワドリングで確信を持って述べたように、「子どもを産衣でくるむ国には、せむし、びっこ、がに股、発育不全、関節不全など、あらゆる種類のできそこないの人間が、うようよいる」というのであれば、北米インディアンたちのクレードルボードも同じような効果を発揮したはずである。

北米インディアンの育児にそのような顕著な事実が見られないならば、ルソーは大した検証もせずに自己の確信と恫喝だけで、近代的子ども観を創り上げたということになる。このようなルソーのとった方法は、現在もさほど変更されていないのではないのか?気になるところである。