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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

ゴヤの『妄』と『黒い絵』

 スペインの宮廷画家だったフランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)は、フランス革命(1789)を挟み二つの時代を生きた芸術家だった。二つの時代というのは、理性が絶対王政と争っていた時代と理性が勝利した時代のことだ。19世紀に決定的になった理性の時代に、ゴヤは理性的ではない、狂気の世界を描くことになる。

ゴヤは晩年の1820年から23年にかけて、「聾者の家」と呼ばれた別荘に籠る。そこで描かれ制作された絵画や版画は、理性の眼によって観察された人間の狂気、を描いたものではなかった。もはや理性のはいりこむことのできない、狂気の世界が描かれていたのだ。

フーコーは「聾者の家」で描かれた狂気を、「自分の夜のなかに投げこまれている人間の狂気」だという。

版画集『妄(ディスパラット)』とつんぼの家(そこで『黒い絵』シリーズが描かれた)のゴヤが対象にしているのは、それとは別の狂気である。牢獄のなかに投げこまれている狂人たちの狂気ではなく、自分の夜のなかに投げこまれている人間の狂気である。
(田村俶訳『狂気の歴史』)


 「人間の夜」とは理性の光に照らされることのない心の闇のことだ。理性の光で世界の闇を照らしていた人間たちは、心の闇を理性の光が照らさないことに気づかなかった。狂気は理性が眠っているときに生れるものではなく、牢獄に閉じこめられるものでもなかった。自分の心のなかが牢獄になり、そこに狂気がうごめくことになるのだ。

ヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲルの描いた妖怪たちは、二百数十年の時を経て、ゴヤによって再出現させられることになる。しかし、ボスやブリューゲルの描く妖怪たちと異なって、ゴヤの描く狂気には、風景がなかった。フーコーはそれを「基底がない」、つまり底なしの闇だと指摘する。

ゴヤの場合には、形姿は無(リヤン)から生れている。それらは、夜のなかのもっとも単調な夜のうえにのみ浮き出ている点で、またそれらの起源・終り・性質を限定できるものが何もないという点で、こうした二重の意味で、それらには基底がない。版画集『妄(ディスパラット)』には、景色も壁面も背景もない――しかも、その点がまた『気まぐれ』との一つの相違点でもある。『飛ぶ方法』のなかに見かけられる、大こうもりの翼で人間が腕をひろげて飛んでいる夜には、星一つないのである。魔女たちが枝のうえで、ぺちゃぺちゃ喋っているが、あの枝をどんな木が支えているというのか?悪魔たちのどんな真夜中の宴にむかって、それとも、どんな林間地にむかって?こうした絵のなかでは、いかなるものも世界について述べてはいない、この世界についても、あの世界についても。(同前)


『飛ぶ方法』はつぎの版画である。

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「魔女たちが枝のうえで、ぺちゃぺちゃ喋っている」のはこれだ。

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それは騒々しいが無音の世界である。他者との言語活動を失うときに他者とのコミュニケーションは失われ、人間は「自分のなかにあるもっとも奥深いもの、もっとも孤独なもの」と向き合うことになる。

そうした夜のなかで人間は、自分のなかにあるもっとも奥深いもの、もっとも孤独なものと交渉をもっているのである。ボッシュの『聖アントワーヌの誘惑』における砂漠はかぎりなく雑踏した世界であったし、『狂女マルゴ』が横切っている風景は、よしんばそれが彼女の想像力の所産であるとしても、ある人間的な言語活動によって色どられていた。ところが、ゴヤの『修道僧』は、自分の背に熱い頭をのせ、肩には足をあげ、耳のそばで口は息をはずませながらも、ただ一人のままである。いかなる秘密も口にされていないのである。(同前)


『黒い絵』で描かれている『修道僧』の姿はこれだ。

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ところでなぜゴヤは、そのような底なしの狂気を描いたのだろうか。フーコーはそこにゴヤの最後の希望を認めている。理性を信じることができず、信仰も失われてしまったのなら、終末に希望を託するしかない。その終末の光景には、理性の光も射さず、信仰による救済もないので、狂気だけが自分の信じることのできる最後の頼みということになる。

もはや目も口も存在していない。存在しているのは、無から生れ無を見つめる視線(『魔女たちの集まり』のなかでのように)であるか、あるいは、黒い穴から出てくる叫び声(『聖イシドロの泉への巡礼』のなかでのように)なのである。狂気は人間のなかで、人間をも世界をも無きものにする可能性――しかも世界を否認し人間を変形させるあのイマージュにさえなっている。夢のずっと下方で、動物性にまつわる悪夢のずっと下方で、狂気は最後の頼み、すなわち、いっさいの終りと始めなのである。(同前)


次の絵が、『魔女たちの集まり』だ。

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『聖イシドロの泉への巡礼』はこれだ。

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文芸復興期にあたる15世紀には、ヨーロッパの絵画にさまざまな妖怪たちが登場することになる。このような妖怪たちは、深い森のなかに棲息するものたちだった。人間たちの世界と深い森の世界は別個の宇宙だった。しかし文芸復興によって、世界観は人間を中心として再編成されるようになる。そして深い森への畏怖を失うとともに、森に棲む妖怪たちは、人間たちの世界に進出してくることになる。

16世紀半ばを過ぎた頃には、妖怪たちは絵画に登場することはなくなっていく。プロテスタンティズムは、貧乏人や狂人をキリストの地上における代理人だとする見方を拒否し、貧乏人や狂人から、その神秘性を喪失させた。貧乏人や狂人から神秘性が喪失されるにしたがい、妖怪たちも同時に神秘性を喪失していく。つまり、妖怪たちは描かれるべき価値を失ってしまう。

フランス革命によって理性の勝利が確立され、理性によって世界観が再編成されるときに、妖怪は再び絵画のなかに登場することになる。なぜか?理性は同時に非理性を生みだすからだ。理性は世界を一元的にみることによって世界観を成立させる。ところが世界は理性によって一元化できないものとして存在する。そのため一元化できないものたちが、非理性という存在になってしまうのだ。

たとえば精神分析は、理性で察知することのできない無意識の世界を現出させた。文化人類学は、西欧的な理性によって説明することのできない社会が無数にあることを伝えた。それらは理性によって説明することはできないが、人間社会の基底をなすものだといえるだろう。フーコーは近代社会における狂気を、同じく人間社会の基底をなすものだととらえた。

中世の深い森のように、非理性は人間たちの世界とは別個の宇宙をつくり出し、それが人間たちの世界を包み込むマクロコスモスとなっていく。このマクロコスモスとしての非理性と出会うとき、妖怪は人間の心の闇に誕生し、人間は自分の心のなかの妖怪と向き合うことになるのだといえるだろう。