rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

慈善(チャリティ)の変化

16世紀の宗教改革の時代に入って慈善の意味は変化した、とフーコーは言う。貧乏人、悲惨な者、自分自身の生存に責任をもつことのできない者に慈善を施すのは、中世までは、富裕者自己自身の救霊を意味していた。しかし、宗教改革によって、慈善は救霊という神秘性を失う。

文芸復興は、悲惨さからその神秘的な実定性をうばってしまった。しかもそのことは、思考の二重の動き、つまり〈貧乏(ポーヴルテ)〉からその絶対的な意味を取りのぞき、〈慈善(シャリテ)〉から、それが保持する〈貧乏〉の救済という価値を取りのぞく二重の動きによっておこなわれた。(田村俶訳『狂気の歴史』)

 文芸復興(ルネサンス)後期は、時代的に宗教改革に重なるものだった。とくに西欧や北欧における北方ルネサンスは、16世紀の宗教改革と密接に関係しているものだった。この文芸復興という動きのなかで、〈貧乏〉と〈慈善〉から神秘的な意味が失われることになる。貧乏と慈善の神秘的な結びつきは、『新約聖書』中の「ルカによる福音書」にその根拠をみることができる。

また、イエスは自分を招いた人に言われた、「午餐または晩餐の席を設ける場合には、友人、兄弟、親族、金持の隣り人などは呼ばぬがよい。恐らく彼らもあなたを招きかえし、それであなたは返礼を受けることになるから。むしろ、宴会を催す場合には、貧乏人、不具者、足なえ、盲人などを招くがよい。そうすれば、彼らは返礼ができないから、あなたはさいわいになるであろう。正しい人々の復活の際には、あなたは報いられるであろう」。(日本聖書協会ルカによる福音書」14章12‐14節)

これはどういうことを言っているのかというと、「貧乏人、不具者、足なえ、盲人など」の悲惨な者に対する慈善(=贈与)は、「彼らは返礼ができないから」、彼らに代わって神が返礼することになる、ということである。神の返礼は「復活の際」になされる。

次の絵は、ハンス・メムリンク(1440-1494)による『最後の審判』(1467-71)である。キリスト教の教えでは、人類が滅亡した終末の日にすべての死者が甦り、神の裁きを受ける――秤にかけられる――ことになる。善行を積んだ者たちは天国に案内される。これが善行に対する神の返礼である。

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つまり慈善は、それをなす者の救霊を意味した。救霊の機会を与えるのが、「貧乏人、不具者、足なえ、盲人など」の悲惨な者たちであった。

悲惨な者たちは、天国に至る道を確保するという、神秘的で特権的な地位を占めていたのである。

次の絵は、ピーテル・ブリューゲル(父)による『盲人の寓話』(1562)と『乞食たち』(1562)である。このような者たちは、富裕な者たちから喜捨を受けるべき当然の権利をもっていた。彼らに喜捨をすることによって救霊されると、イエスが約束していたからである。

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ところが、宗教改革者であるルター(1483-1546)やカルヴァン(1509-1564)は、慈善事業による救霊を否定した、とフーコーは言う。救霊は慈善事業によって証明されるのではなく、神への信仰によってのみ証明されるのだと。

慈善事業についていうと、その価値はどこから生れるのだろうか?(中略)〔救霊の〕正当さを証明するのは、慈善事業ではなく、それを神に根づかせる信仰である。「神の前では、人間の正当さはその努力、その長所、またはその仕事によってではなく、根拠なしに、キリストゆえに、そして、信仰によって証明される(※ルター派教会が用いるアウグスブルク信仰告白)」。こうした慈善事業の激しい拒絶はルターにも認められるのであって、その宣言は新教徒の思想のなかにきわめて大きく反響したにちがいない。「いや、慈善事業は不必要である。それは、神聖さにとってまったく役立たない」。ところが、こうした拒絶がおこなわれるのは、神と救霊とのつながりにおいて慈善事業の意味が問われる場合にかぎられている。あらゆる人間の行為とおなじく、慈善事業は有限性の徴表がつけられ、堕落の烙印がおされて、その点からみて、「それは罪悪、汚れにほかならない(※カルヴァン『義認』)」。(『狂気の歴史』)

つまり、慈善を神との贈与・返礼だとする見方は否定され、救霊はただ神への信仰心によるものだと説くのである。神との贈与・返礼にもとづくならば、慈善は「罪悪、汚れにほかならない」ことになるのである。

カルヴァンの考えによると、救霊は神との贈与・返礼によるものではなく、神の一方的な意志によって決定されるものであった。しかし、神との贈与・返礼にもとづかない慈善は、神に選ばれた者の証としてなされなければならなかった。つまり、みずからがすでに神に選らばれているという前提に立って、慈善がなされることになるのである。

このような慈善に対する解釈の変化によって、富める者と悲惨な者とのあいだに、一つの分割線が引かれることになる。富める者と悲惨な者とのあいだに、救霊という相互補完的な関係性はなくなり、悲惨な者たちは、「神の不満しか招くことができない」という存在に変化することになるのだ。

この世界では、貧乏と富裕は神のおなじ万能の力を歌っているのであるが、貧しき者はただ神の不満しか招くことができない。というのは彼が実在していることは、神の呪いのしるしなのだから。(同前)

このように、神を、人間的に理解しやすい「天の父」から、人間の理解を絶する超越的存在にすることによって、カルヴァンは、慈善抜きで、「富んでいる者が天国にはいる」ことを可能にしたのである。

それからイエスは弟子たちに言われた、「よく聞きなさい。富んでいる者が天国にはいるのは、むずかしいものである。また、あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。(日本聖書協会「マタイによる福音書」19章23‐24節)

カルヴァンによって、「らくだが針の穴を通る」ように、「富んでいる者が天国にはいる」ことが可能となったのである。その結果、慈善は救霊のためになされるのではなく、救霊の確定した者の証としてなされるようになるのである。そして、狂人を含む悲惨な者たちは、普通の人たちの世界から排除されるようになっていく。

次の絵は、レンブラント(1606-1669)による『施し』(1648)である。ブリューゲルの描く『乞食たち』から80年ほどしか経過していないが、その80年間で、乞食たちは喜捨の請求権をもつ神秘的な存在ではなくなってしまう。家族である乞食たちの姿をみていると、鑑賞者の目は自然に、施しをする富者のやさしげな眼差しに行きつくことになるのである。

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