rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

ジェンダーと市民社会

古代や中世のヨーロッパ社会は、家父長の権限が強い社会だったとされる。ところが肖像画を見るかぎりにおいて、そのようなジェンダーの不均衡を見ることは少ない。

たとえば15世紀後半に描かれたピエロ・デッラ・フランチェスカ(1412-1492)による『ウルビーノ公夫妻の肖像』〈対画肖像作品〉(1472-74年頃、ウフィツィ美術館所蔵)では、男女のジェンダー対称性をもって描かれている。

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ところが、広義の近代に属する宗教改革(1517)後の肖像画では、ジェンダーの非対称性が確認されるようになってくる。次の絵は、ネーデルランドのハーレム市(現在のオランダに位置する都市)の画家であるヘームスケルク(1498-1574)が、1529年に描いた男女の対画肖像作品である。

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 女性はうつむき加減で糸繰り作業をする。どちらかといえば家庭内的な存在として描かれている。それに比べて男性の眼は正面を向き、左手は本をめくり、右手は硬貨の勘定をしている。男性が家の商売の実権を握り、なおかつ本を読むという知的な存在であることを表わしている。

17世紀のオランダでは家族の肖像画が大量に描かれることになるが、そこに描かれる女性像の多くは、家庭を管理する家庭内存在である。ヘームスケルクの対画肖像作品は、そのようなジェンダー観の先駆けをなすものだといえるだろう。

なぜ宗教改革後に、非対称的な男女のジェンダーが描かれるようになるのだろうか。その疑問を解く鍵の一つが、網野善彦阿部謹也の対談集『対談中世の再発見』(1994年、平凡社ライブラリー)の中での阿部の発言だ。

これは私の考えですが、15世紀の末にドイツにおける女性の社会的地位が変わったと思うんです。……中世のフランクフルト・アム・マインのツンフト〔中世末期から近代初期におけるドイツ手工業者の同業組合組織〕には、女性だけの職種がかなりあります。二百ほどある職種のなかで非常に多くの部分を女性が占めている。さらに、女性の親方もいました。……女性は非常に多くて、女性が入っていないツンフトのほうが少ないんです。女性だけのものもあります。
ところが、どうしてツンフトやギルド〔中世・近世ヨーロッパの商工業者の団体〕に女性がいないという通説が生まれたのかというと、16世紀の初頭から、女性は家庭にいるものだという主張が出てくるんです。これは、宗教改革者、神学者、それから人文主義者たちが先頭をきるんですが、そのころに諸身分の絵が出てきます。その基本思想は、ツンフト、ギルドには武装することができる人間が加入する、町の防衛に参加する単位ともなっている。女はそれができないから家庭にいるものだというんですね。ルターもそういう考え方をしていますし、それ以後の近代、18世紀、19世紀に至るまで、学者たちのそういう論調が非常に強くなります。

16世紀初頭というのは宗教改革の前後の時期にあたる。阿部によると、その頃から「女性は家庭にいるものだという主張が出てくる」ようになるというのだ。ツンフトやギルドというのは、中世都市の手工業者や商工業者の組合のことをいう。その組合に加入できるのは「武装することができる人間」ということになっていくというのである。

なぜ阿部の発言が重要かというと、ツンフトやギルドなどの同業者組合は、都市で形成されるものだからだ。

中世の都市に住む手工業者や商工業者はブルジョワジーと呼ばれ、それが市民という意味で使われるようになる。ブルジョワジーという言葉の元々の意味は、「城壁の中の住民」をさすものだった。ヨーロッパの中世都市は城壁に囲われているのが常態であり、その城壁に囲われた住民のなかでも、手工業者や商工業者を指して、ブルジョワジーと呼ぶようになるのである。

宗教改革後のヨーロッパでは、16世紀中頃から 17世紀にかけて、ほぼ百年にも及ぶ宗教戦争が繰り広げられることになる。宗教改革に呼応した都市の殆どは、手工業者が市政に参加するツンフト市制を敷いていた。そのため宗教戦争は都市の攻防戦という形態を採ることが多かった。

宗教戦争のなかで、町の防衛に参加できる人間が、ツンフトやギルドの加入者になっていく。そして、ツンフトやギルドの加入者たちのモラルから、近代的な「市民」という像が形成されていく。つまり近代市民社会は、その黎明期から、女性が政治や職業などの公的な場から排除された形でスタートするということになるのである。

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 上の絵はペーター・デ・ホーホ(1629-1684、オランダ)作『デルフトの家の中庭』(1658年)である。17世紀に独立を達成したオランダは、その画家たちによって、家庭内における静穏で満ち足りた生活、そして女性が家庭内存在になることによって、そのような生活が得られることを執拗に描いていくことになる。