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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

権力と孤立

アイルランドの画家フランシス・ベーコン(1909-1992)は、ヴェラスケス(1599-1660、スペイン)による『教皇イノケンティウス10世の肖像』(1650年)を基にして、『ヴェラスケスの「教皇イノケンティウス10世の肖像」による習作』(1953年)を描いた。下記の一枚目がヴェラスケスによるもので、二枚目がベーコンによるものだ。

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 制作年には300年ほどの差がある。

ヴェラスケスは画家としてのほとんどの期間を宮廷画家として過ごし、2度のイタリア旅行や公務での国内出張を除いてはほとんど王宮内ですごした。この絵は二度目のイタリア滞在の折に描かれたものである。

教皇というのはローマ法王ともいい、ローマ-カトリック教会の最高位の聖職者のことをいう。イエスの十二弟子の一人であるペテロは、イエスから天国の鍵を預かったとされる。そのため教会は地上における天国への入口とみなされるようになった。教皇はその使徒ペテロの後継者として全教会を統率することになる。

教皇の権威と権力は絶大なものであった。ヴェラスケスの時代の教皇は、イタリア半島の真中に教皇領という独自の領土を持っていた。その広さは現在のオランダやスイスに匹敵するものであり、実質的に国家として機能していた。その地上的権力の上に、カトリック教会の全教会を統率するという宗教的権限と権威を持っていた。

教皇世襲によるものではなく、定員70名の枢機卿カトリック教会で、ローマ教皇に次ぐ高位聖職者)の互選により選出されるものだった。そのため新教皇選出のたびに、激しい権力争いが繰り広げられることになった。

ヴェラスケスが描く教皇イノケンティウス10世の顔には、激しい権力闘争を勝ち抜いてきた強い意志力と絶大な権力を手中にした者の自信が漲っている。

ベーコンでは教皇は、死刑執行の電気椅子に座られたかのような様子で描かれる。強い意志力と絶大な権力は損なわれることなく描かれている。しかし、ヴェラスケスが射すような眼光で意志力を描いたのに対して、ベーコンが描いたのは、絶叫する口なのだ。その絶叫が、恐怖によるものなのか狂気によるものなのかは判然としない。

絶叫する口から発せられるのは言葉ではない。叫びだ。精神科医の斎藤環(1961-)はベーコンの作品には言葉が介在していないのだと指摘する。

現実界は言葉という網の目をかけられることで、はじめて意味へと翻訳することが可能になる。この手続きがなされていないから、おそろしくインパクトのあるイメージが、彼らの作品にはしょっちゅう出現するわけだ。だからその印象を言語化したり、あるいはシンボリックに意味を解釈したりすることは難しい。(『生き延びるためのラカン』)


このように言葉の介在しない世界を、ぼくたちは「孤立」と名付けることができる。それは他者のいない世界だ。

自己には他者のうかがい知れない内面の世界がある。しかしその自己の内面の世界は、他者がいることによって成立することができる。自己とは、他者との関係性の中で、はじめて確かなものとして存在する何者かである。他者との関係性を持つことのできない自己は、孤立という、とてつもない恐怖感の中で生きることになる。

その恐怖感を克服するために、人は他者との関係性を求める。それは他者を支配する権力という欲望を持つことであり、全面的に他者に服従する欲望を持つことである。それは相補的な関係性としては同一のことを意味する。

ベーコンは権力の絶頂にある者を、絶叫する者として描いた。それは現代という世界に生きる、ぼくたちの孤立感を描いたものだといえるだろう。

次の絵はルシアン・フロイド(1922-2011)が描いた『フランシス・ベーコンの肖像』(1952年)だ。ベーコン43歳の肖像ということになる。

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お返しのように、ベーコンもフロイドを描いている。『ルシアン・フロイドの頭部のための習作』(1967年)だ。フロイド45歳の肖像ということになる。

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このような自己という存在のあいまいさが、ぼくたちの出発点となる。しかし、ベーコンが83歳まで生き、フロイドが89歳まで生きたように、彼らは生きることに絶望していたわけではないのだ。絶望もせず希望も持たず、正確に状況を把握し、力強く生き抜いたといえるのではないだろうか。