rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

狩俣うやがむのにーり(四)

ニーリ(三)では、神を迎えるための衣装は、叔母が織り、甥が外敵からそれを守ることになる。ニーリ(四)では、おじが甥に命じて井戸を掘らせる。川のない宮古島では、良い井戸を掘りあてることが、シマ(集落)生成の重要な要因となる。

この重要な作業を、なぜおじは自分の息子にではなく、甥に命じるのだろうか。文化人類学によると、母系社会における政治的権力は、おじから甥に継承されるという。そこに、おじが甥に重要な仕事を命じる理由があるといえる。甥はおじの地上的な権威・権力の継承者なのだ。継承者としておじと甥は一対の関係性として結ばれ、甥のなした仕事によって、おじが名声を博することになるのだといえる。


狩俣うやがむのにーり(四)

ウプグスクの殿は、家を踏み整える真主は、
富み栄えた人だから、勢力のある人だから、
早朝に跳び起きて、明け方に跳び起きて〔言うことには〕、
「水を取っておいで子どもよ、柄杓を持っておいで幼いものよ」
「水をどうするのですか、柄杓をいかがなされるのですか」
「手洗いをしようと子どもよ、髪を結うためだ幼いものよ」
自分の米酒を召しあがり、御神酒をいただいて、
召しあがってからは、いただいてからは、
畑の中にある分家の家に走っていき、前の部落に走っていき、
「カニのやつはいるか、甥っこはいるか」〔と呼んだ。〕
「わたしは家にいますよ、おじさん。家に座っていますよ、おじさん。
何の用事ですかおじさん、どうなさいましたおじさん」
「後ろの井戸を掘る相談をしよう、甘水の沸く井戸掘りの相談をしよう」
「後ろの井戸を掘るのでしたら、甘水の井戸を掘るのでしたら、
足をやすめていらっしゃい、膝をやすめていらっしゃい。」
〔カニが指図をすると、〕手斧を取る人夫が、大槌をふるう人夫が、
後ろの井戸掘りに走ってきて、甘水掘りに走ってきて、
後ろの井戸を掘れば、甘水の井戸を掘れば、
良くやったので、勝ってやったので、
溢れる水を掘り当てた。吹き出す水を掘り当てた。
歓喜するほどの誇らしさに、あまりのうれしさに、
後ろの井戸のお祝いをした。甘水の井戸のお祝いをした。
狩俣部落の西東、神の根〔狩俣の同意語〕の上下まで、
童子でさえ漏らさず、おかっぱ頭の者も残らず、
頭数を数えたまい、戸数を数えたまい、
頭数ごとに酒のモロミを、家ごとに酒のモロミを、
ウプグスクの殿の家に持ち寄せ、集落の真ん中に取り寄せ、
それが醗酵して酒ができたころに、
大きな皿で直会(なおらい)を、大きな椀でお下がりを、
夜の三日になるまで、日の四日になるまで、
ひとりひとりに盛り与えたので、家ごとに盛り与えたので、
ウプグスクの殿は、家を踏み整える真主は、
あれほどに〔名が〕鳴り響き、これほどまでに名高いのだ。
鳴り響き続けていてください、名高いままでいてください。

(稲村賢敷『宮古島旧記並史歌集解』より、具志堅要による意訳)