rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

船に変身した美女の物語――《マツサビのアヤグ(池間島)》

《パイフタフンタカ ユングトゥ》でも造船のシーンがあったが、今回は造船をメインとした歌《マツサビのアヤグ》。


マツサビは宮古池間島の大酋長の末娘で、絶世の美女。八重山のおもと岳の神に誘拐されて、大木に変身させられる。その大木から美しい船が造られるという物語歌。


美女の変身譚であり、一見残酷な話のようにみえるが、船を褒め称える歌だとみたほうがよい。新しく造船した船が身分の高い美女の変身した姿であり、それは海原を美しく走るとともに、大地を踏みしめるように安全な航海を約束してくれる。


アヤグというのは、宮古諸島の歌謡の総称。一般にはアーグ、古くはアヤゴ。現在では歌全般を指すが、狭義には神歌以外の民謡をさす。

下記の音源は、同工異曲の《池の大按司豊見親 (いきぬぷーじぃとぅゆみやー:池間島)》(前川メガ、1973年、音源収録は、東京芸術大学民族音楽ゼミナール(故小泉文夫 代表小柴はるみ)とNHK他)です。このような歌を訳してみました。

http://www.nhk.or.jp/churauta/database/data/708.html

以下は《マツサビのアヤグ》からの意訳。


マツサビのアヤグ

池間島の酋長で鳴り響く親は、鳴り響く酋長で名高い者は、
近所から妻をめとった、隣の恋人を抱いた。
近所の道を通うようになった、隣への道に立つようになった。
通っているうちに、立ち寄っているうちに、
夜を重ねないうちに、長い年月も経たないうちに、
女の子が五人生まれた、男の子が七人育った。
女五人の中でも、男七人の中でも、
マツサビは年少者で、美しい女は末っ子。
生まれながらに美しく、成長してからもそれ以上に美しくなった。
貴族たちが妻にと望み、領主たちが妻に欲しいといった。
マツサビは「貴族と一緒になったら、最初だけちやほやしてくれるだろう。
領主と一緒になったら、訪ねてくるときだけ愛してくれるだろう。
貴族とは一緒にいられない、領主とはどうしても嫌だ」と求愛を断った。
山仕事をする若者が、「おれを選べ、マツサビ」と言った。
「貴族でさえ断っているのに、あなたと私は一緒になれない」とマツサビは言った。
〔そうすると若者はマツサビを〕石垣島於茂登岳(おもとだけ)に連れ去った。
三ヵ月もそこに泊めさせた、九十日も留め置いた。
「私は帰ります若者よ、親の家に帰ります」とマツサビは言った。
「男のような心を持っていたら、武士のような心を持っていたなら、
もう帰っていいよマツサビ、もう戻れ親の家に」と若者は言った。
帰る道の途中で、原野の中に立っていると、
山からの水が、山を轟かせて走っていた。
大水を越えることができない、濁流を越えることができない。
〔マツサビは水死する〕
大水の下から、濁流の傍らから、
下からは樹が生えて、上からは梢が伸びた。
我が八重山の島は、大木の茂る島なので、
並みいる大工が寄り集まり、押し寄せる大工が寄り集まっている。
大和製の番匠金や手斧、山城製の斧を取り、
楔を差し、板の間に串を差し、
七本の丸太を断ち切り、五枚の板を鋸で立ち割った。
三ヵ月の間に、大きな船を造って海に下ろした。
一年後には、伝馬船を造って海に下ろした。
船を後ろから見ると、マツサビの白いお尻のよう、
前に回って見ると、末っ子の膨らんだ胸のよう、
私が船に乗ってみると、マツサビを抱いているようだ。
船を大海原に出して走らせると、大海に出て走らせると、
ほんとうにマツサビが、堅い地面を歩いているようだ。
(稲村賢敷『宮古島旧記並史歌集解』より具志堅 要が意訳)