rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

アラクネの寓話

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ヴェラスケスによる『アラクネの寓話(織女たち)』(1657年頃、スペイン)は、複雑な構成をもった作品である。画中画としてのタペストリーがギャラリーにかけられており、そのタペストリーを眺める貴婦人たちがおり、そのギャラリーの外側は織物工房となっており、工房の織女たちが働いている。ギャラリーには左上から光が注がれており、その光はタペストリーを照らし、光の一筋が工房で働く織女たち(右手前の二人)に射しこまれる。この光によって、タペストリーと、ギャラリーの貴婦人たちと、工房の織女たちとがつなげられることになる。

この絵は、「アラクネの寓話」というギリシャ神話に由来している。この神話は、アラクネという織物の名手が、戦争と芸術と工芸を司る女神パラス・アテナ(ミネルヴァ)に機織り競争を挑んだものの、織り上げた絵柄がパラスの怒りを買い、蜘蛛に姿を変えられてしまったというもの。

画面中央で崩れようとしている女性がアラクネであり、その左の甲冑姿の人物がアテナである。アテナは女性から生まれた神ではなく、神々の王ゼウスの頭から、甲冑姿で生まれてきたとされている。タペストリーには、アテナがアラクネに呪いを下すシーンが描かれている。

ギャラリーの貴婦人たちの傍らには楽器があり、芸術を嗜んでいることがうかがわれる。つまり、アテナの庇護を受ける者たちということだ。

そして寓話からするならば、工房の織女たちが蜘蛛に変身したアラクネを象徴することになる。彼女たちは薄暗がりの中で仕事をしており、画面中央手前の女性は顔さえも判別しない。芸術の光に照らされる貴婦人たちに比べるならば、彼女たちは天罰を受けたアラクネの化身ということになるのだろう。ここに作品の第一のメッセージがある。

経済学者のトマス・ピケティによると、近代以前のヨーロッパには、人口に占める割合が1.5%程度の貴族がおり、その貴族たちが富の大部分を所有していたという。この貴族たちの富の所有は、第一のメッセージによって正当化されることになる。それは神々の庇護を受けている者たちということになるのである。

しかし、作品からはもう一つのメッセージを受け取ることができる。ギャラリーの貴婦人たちはタペストリーから神話の寓意を読み取ろうとするが、ギャラリー自体は限定的な空間であり、真実の物語は、ギャラリーを包み込む薄暗がりの闇の中で紡がれるというメッセージだ。

ヴェラスケスは、相反するメッセージを同時に発することができた。そこに彼の天才を見ることができる。

ところで、ピケティによると、格差社会がこのまま進行すると、近い将来に19世紀並みの階級社会が出現することになる。一握りのブルジョワとその他大勢の無名の下層階級によって構成される社会だ。ヴェラスケスの描く織女たちには、喜怒哀楽を共にするコミュニティが存在していた。新たに出現する階級社会の中で、下層階級を構成する者たちにとって、喜怒哀楽を共にするコミュニティは存在するのだろうか。