rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

ゴヤとマネによるバルコニーの男女

ゴヤはマハたちの絵を数多く描いた。マハというのは、特定の人物を示す固有の氏名ではなくスペイン語で「小粋な女」を意味する単語だ。 ゴヤの描いた《バルコニーのマハたち》は、印象派の画家マネに大きな影響を与え、マネは《バルコニー》を制作する。 こ…

ゴヤ――戦争の惨禍

フランス革命(1789年)から3年後、1792年から1802年まで、革命後のフランスと、反革命を標榜する対仏大同盟(イギリスおよびオーストリアを中心としたヨーロッパ列強)との間で「フランス革命戦争」と呼ばれる一連の戦争が起こる。 当初は革命への外国の干…

ゴヤ――理性の崇拝

フランス革命(1789年)がもたらしたものの一つに、「理性の崇拝」がある。 文化研究家のレイモンド・ウィリアムズ(1921-1988、イギリス)によると、18世紀末(フランス革命)から19世紀初め(ナポレオン時代)にかけて、「理性」という言葉は、超越的な力…

フランス革命の前と後を生きたゴヤ

フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828、スペイン )はフランス革命(1789年)の前後を生きた画家だった。 フランス革命は、ヨーロッパ社会の画期をなす革命だった。ヨーロッパ社会はそれ以降、王侯貴族の支配する社会からブルジョワジーの支配する社会へと大き…

クールベ、マネとパリ・コミューン

パリ・コミューン(1871年)には多くの芸術家が参加した。ギュスターヴ・クールベ(1819-1877 )はパリ・コミューンに参加するが、国防政府軍に敗北し、逮捕される。2年後の1873年にスイスへ亡命し、晩年はアルコールにまみれながら風景画等を描いたとされる…

ルーベンスとヴァトー  《パリスの審判》

アントワーヌ・ヴァトー(1684-1721、フランス)の描く《パリスの審判》は、ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640、フランドル)のそれをもとにしていたらしい。 絵画の主題は、トロイアの王子であるパリスが、神々の女王ユーノー、知恵の女神ミネルヴァ…

レンブラント――腹部のたるみと皺

レンブラントの描く女性の裸体画には、大きな特徴があった。それは皺のよった垂れ下がった腹部である。 そのような特徴は、油絵で示されることはあまりなかった。エッチング(銅版画)で思う存分に描かれたのである。 次の版画はレンブラント25歳の作品であ…

宗教改革と球根のような女体

球根のような女体は、ルターによる宗教改革(1517年)を経てポルノグラフィーのようなものに変化していく。カトリック教会に比べ、性に関して禁欲的であることを誇ったプロテスタントたちは、絵画表現においては禁欲的ではなかった。むしろセクシュアリティ…

球根のような女体

前回紹介したヴァン・デル・フースの描くイヴは、奇妙な体形をしていた。腹部が大きく突き出しているのである。球根のような肉体で、北方ルネッサンスにおける女体の理想的形態だった。 美術評論家ケネス・クラーク(1903-83、イギリス)の『ザ・ヌード』(…

ヴァン・デル・フース――《人間の堕落》

ヒューホ・ヴァン・デル・フース(1440-1482)の描くアダムとイヴはうつろな表情をしている。 ヒューホ・ヴァン・デル・フース作《人間の堕落》(1467-68)美術史美術館 ウィーン ヴァン・デル・フースはフランドルの画家で、ブルゴーニュ公シャルルの結婚式…

セザンヌ――《数珠を持つ老婆》

セザンヌに完成作品はないのかもしれない。セザンヌにとっての完成作品は、次に描く予定の絵だった。つまり、描き終えた作品には興味を持たなかったのだ。 このようなセザンヌの創作態度を示すのは、セザンヌの伝記を書いたジョワシャン・ガスケによる次のよ…

レンブラント――《病人たちを癒すキリスト(百グルデン版画)》

イエスの言葉は過激だった。天国は幼な子のものであり、金持ちが天国に入るのは駱駝が針の穴を通るよりむつかしい。そして、先の者はあとになり、あとの者は先になる、と。これらは「マタイによる福音書」第19章でイエスが述べたことだ。 レンブラントの銅版…

レンブラントとゴッホによる《ラザロの甦り》

「ヨハネによる福音書」によると、イエスは死後四日たつラザロを復活させている。ラザロはイエスの弟子だった。以下はラザロの姉妹であるマルタとイエスの会話である。 イエスはマルタに言われた、「あなたの兄弟はよみがえるであろう」。マルタは言った、「…

レンブラント――子どものおしっこ

下の絵はレンブラントの《ガニュメデスの誘拐》だ。数年前、東京に旅行したとき、おそらく国立西洋美術館だったと思うが、この絵を見ることができた。ゆるやかな螺旋を描きながらおしっこが落下していくありさまを、つぶさに鑑賞することができた。 レンブラ…

カラヴァッジョ――地上的な聖なるもの

カラヴァッジョの絵は、依頼主から受け取りを拒否されたことが幾度かある。聖なるものとして描かれるべき使徒や聖人たちが、地上的な人間として描かれたためである。 《聖母の死》も受け取りを拒否された作品の一つだ。聖母としての神々しさに欠け、人間の死…

カラヴァッジョ――《ロレートの聖母》

カラバッジョの描く宗教画の中でも、傑作の一つとされるのが、《ロレートの聖母(巡礼者の聖母)》だ。 カラヴァッジョ作《ロレートの聖母(巡礼者の聖母)》1604年頃、サンタゴスティーノ聖堂(ローマ) カラヴァッジョの描くマドンナ(聖母)は、人々を慈…

カラヴァッジョ――罪人

カラヴァッジョの描く宗教画は、神聖化された人間を描くものではなかった。どのような聖人であれ、地上2メートル以内でもがき苦しむ人間として描かれていた。 2メートルというのは、空から俯瞰する高さではなく、水平に人間を見る高さだ。その高さには、天空…

カラヴァッジョーー美青年たちと気性の激しい女たち

3月1日から6月12日まで、国立西洋美術館で『カラヴァッジョ展』が催されている。見に行くことは叶いそうにないが、せめてブログでカラヴァッジョ(Caravaggio)を堪能してみたい。 カラヴァッジョ(1571-1610)はバロック期のイタリア人画家だ。バロックは「…

イタリア・ルネッサンスの最盛期と宗教改革

ローマ教皇ユリウス2世(在位1503-1513)とレオ10世(在位1513-1521)は、ミケランジェロ(1474-1564)とラファエロ(1483-1520)を使って、ローマにあるヴァチカン宮殿とその周辺の教会をフレスコ画で飾る。下の絵はイタリア・ルネッサンスの最盛期を代表す…

アダムとイヴにはおへそがあった?

前回のブログでラファエロ作《アダムとイヴ》(1509-1511)をアップしたところ、「アダムとイブにはへそがないはずだって話を思い出してました。」というレスポンスがありました。 少し気になって、二三点調べてみました。 一枚目の「アダムとイヴ」はファン…

ラファエロを知るために――《ソロモンの審判》《アダムとイヴ》

ラファエロ・サンティ(1483-1520)は37歳で亡くなるまでに、信じられないほど多量の作品を残した。下の自画像は、23歳のラファエロとみられているものだ。 ラファエロ作《自画像》(1506年)、ウフィツィ美術館 憂いを帯びた顔だが、目の鋭さには格別なものが…

ラファエル前派は、なぜ「ラファエロ」を名乗ったのだろうか

ヴィクトリア朝時代(1837-1901)の大英帝国の美術界を牽引したラファエル前派(Pre-Raphaelite Brotherhood、1848‐1853)は、なぜラファエルという名称を自分たちのグループに用いたのだろうか。 ラファエルという名称は、盛期ルネサンスを代表するイタリア…

19世紀の格差社会

経済学者のトマ・ピケティ(1971-)によると、19世紀のジェントルマン階層やブルジョワジーたちは、平均所得の20倍から30倍の収入がなければ、困窮生活をしていると感じていたらしい。 ジェイン・オースティンの描いた『高慢と偏見』(1813年)の経済的生活…

夢見がちで、謎めいた表情というお約束

ジョン・エヴァレット・ミレイ作《オフィーリア》( 1851-52年,76.2×111.8cm テート・ギャラリー) 絵は、樹木希林によるパロディで話題になった、ジョン・エヴァレット・ミレイ(1829-1896)による《オフィーリア》である。画中のオフィーリアは目を半ば閉じ…

大衆レストランにおけるワイン交換の慣習

南フランスの大衆レストランの絵をゴッホの作品の中で見つけた。アルル時代の絵で、《レストランの内部》(1887-1888年)という作品だ。テーブルにはワインの小瓶が置かれている。 レヴィ=ストロースによると、見知らぬ他者とかかわりあいにならないのがフ…

零落する辻音楽師たちの姿

www.youtube.com この楽器はハーディー・ガーディーだ。 2月21日にフィンクボーンズ作《盲目のハーディー・ガーディー弾き》(1607年)をアップした。その絵では楽器自体が鮮明に描かれていなかったので、ジョルジュ・デ・ラ・トゥール(1593-1652、フランス…

《皇帝マキシミリアンの処刑》

奇妙な絵である。エドゥアール・マネによる《皇帝マキシミリアンの処刑》(1868年、252㎝×305㎝、マンハイム市立美術館)だ。 マキシミリアンはオーストリア皇帝のフランツ・ヨーゼフ1世の弟で、フランスによって1864年にメキシコ皇帝に祭り上げられた人物だ…

《盲目のハーディー・ガーディー弾き》

下の絵は、ダビッド・フィンクボーンズという画家の絵だ。この画家についてのくわしいことは、ぼくにはわからない。フランドル地方の画家で、1576年にメヘレン(現在はベルギーの都市)という都市で生まれ、1633年にアムステルダム(現在のオランダの首都)…

西洋近代絵画を変えたマネの《オランピア》

エドゥアール・マネ(1832 - 1883)はスキャンダラスな画家だったとミシェル・フーコーはいう。マネのある作品は、「展覧会にやって来たブルジョワジーたちが傘でこの絵に穴を空けようとするほどまでに」、ブルジョワジーたちを激高させた。それは1863年に描…

《カード遊びをする人たち》

セザンヌは人間の個別的な顔や感情などがきらいだったんだろなとおもう。二つの『カード遊びをする人たち』を比べてみるとそんな気がしてくる。 同じ構図の絵で、一枚目はロンドンのコートールド・コレクション収蔵の絵(60×70cm)で、1892-95年頃の製作とさ…