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rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

狂人の鎖からの解放を描いたゴヤ

フランスの哲学者ミシェル・フーコー(1926-1984)は、狂気に対する見方が大きく変化する時期をあげている。それは17世紀後半における貧民の《大規模な監禁》と18世紀末の鎖でつながれていた狂人の釈放である。 狂気の歴史では、二つの事件がとくに鮮明にこ…

人生の最晩年に、庶民の日常を肯定的に描いたゴヤ

ゴヤは1824年にフランスに亡命し、ボルドーに居を構えた。 ゴヤはスペインの宮廷画家であったが、亡命の2年後に、宮廷画家を辞職している。 その当時のスペインでは、自由主義者は弾圧されていた。そのためゴヤは、主要な作品集の隠ぺいをしていた。最初の版…

去勢されない父親は、子どもを食いちぎる。

1819年、ゴヤはマドリード郊外に「聾者の家」と通称される別荘を購入した。 1820年から1823年にかけての4年間、ゴヤはほとんど外出することなくこの別荘に籠っていた。そして、この家のサロンや食堂を飾るために14枚の壁画が描かれた。黒をモチーフとした暗…

ゴヤの描いた二つのカーニバル

スペイン独立戦争(1808-1814年)は、フランス正規軍と民衆のゲリラ活動との戦いだった。ゲリラとは、スペイン語で「戦争」を意味するゲラに縮小語尾をつけた言い方で、このスペイン独立戦争の中で生まれた言葉だった。 フランス兵はゲリラを正規兵とは扱わ…

スペインの異端審問とゴヤ

フランス革命の影響を受けたゴヤは、批判精神を研ぎ澄ませていく。ゴヤの批判の的のひとつに、異端審問があった。 異端審問とは、中世以降のカトリック教会において正統信仰に反する教えを持つ(異端)という疑いを受けた者を裁判するために設けられたシステ…

ゴヤとマネによるバルコニーの男女

ゴヤはマハたちの絵を数多く描いた。マハというのは、特定の人物を示す固有の氏名ではなくスペイン語で「小粋な女」を意味する単語だ。 ゴヤの描いた《バルコニーのマハたち》は、印象派の画家マネに大きな影響を与え、マネは《バルコニー》を制作する。 こ…

ゴヤ――戦争の惨禍

フランス革命(1789年)から3年後、1792年から1802年まで、革命後のフランスと、反革命を標榜する対仏大同盟(イギリスおよびオーストリアを中心としたヨーロッパ列強)との間で「フランス革命戦争」と呼ばれる一連の戦争が起こる。 当初は革命への外国の干…

ゴヤ――理性の崇拝

フランス革命(1789年)がもたらしたものの一つに、「理性の崇拝」がある。 文化研究家のレイモンド・ウィリアムズ(1921-1988、イギリス)によると、18世紀末(フランス革命)から19世紀初め(ナポレオン時代)にかけて、「理性」という言葉は、超越的な力…

フランス革命の前と後を生きたゴヤ

フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828、スペイン )はフランス革命(1789年)の前後を生きた画家だった。 フランス革命は、ヨーロッパ社会の画期をなす革命だった。ヨーロッパ社会はそれ以降、王侯貴族の支配する社会からブルジョワジーの支配する社会へと大き…