rapanse’s diary

ポストモダンの視点で絵画を楽しみ、沖縄のシマ社会と芸能を楽しむ

ブリューゲル・子どもの遊び:洗礼の行列と目隠し鬼

《子どもの遊び》の左下に描かれているのは、洗礼の行列と目隠し鬼だ。 下の四人は、洗礼の行列遊び。生まれたての赤ん坊に洗礼を受けさせるのだ。先頭は産婆で次に母親、あとの二人は子どもの名付け親。 赤ん坊にはヴェールがかぶせられている。ヴェールは…

ブリューゲル・子どもの遊び:婚礼の行列

カシュ・ヤーノシュ編(早稲田みか訳)『ブリューゲル・さかさまの世界』(1988年、大月書店)という本を図書館から借りてきた。 ハンガリーの編集者たちがハンガリーの子どもたちのために造った本のようだ。ブリューゲルの《子どもの遊び》《ネーデルランド…

悪魔を退治する女たち:《狂女フリート》

ピーテル・ブリューゲル(父)の描く《狂女フリート》。台所道具を腕いっぱいに抱えたフリートが阿鼻叫喚の地獄のような風景の中を、悪魔退治にお出かけだ。フリートに従う者は頭巾をかぶりエプロンを着けた主婦たちだ。主婦たちは悪魔さえも押さえつけ、縛…

ロヒール・ファン・ウェイデン作《十字架降架》

《十字架降架》(1435年頃)は初期フランドル派の画家ロヒール・ファン・ウェイデン(1399/1400-1464)の代表作だ。 この絵の衝撃力は聖母マリアの姿にある。 ロヒール・ファン・ウェイデン作《十字架降架》1435-38 年、 220 cm × 262 cm、 プラド美術館 画…

ロベルト・カンパン《女の肖像》

初期フランドル派の先陣を切るのはロベルト・カンパン(1375-1444)だ。 この絵はミドルクラス(中産階級)の女性を描いたものだ。白い頭巾に挿したピンにいたるまで、精緻な描写で描かれている。 歴史家の阿部謹也によると、西欧で女性たちが職場から締め出…

装飾写本の挿絵を起源とする初期フランドル派

初期フランドル派は15世紀から16世紀にかけてネーデルラント(現在のベルギー、オランダ、ルクセンブルクとフランス北部、ドイツ西部を含む低地諸国)で活動した芸術家たちとその作品群を指す美術用語だ。 rapanse.hatenablog.com 初期フランドル派の起源は…

乳幼児を農家に里子に出す風習

ヨーロッパの貴族階級や富裕層には、乳幼児を農家の乳母に預けるという風習があった。社会史家のエリザベート・バダンテールによると17世紀からブルジョワジーのあいだでその風習が広まったようだ。 数多くの資料によれば、里子の習慣がブルジョワジーのあい…

アメリカの素朴派の画家、グランマ・モーゼス

グランマ・モーゼス(モーゼスおばあちゃん)と呼ばれるアンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス(1860 - 1961)は、アメリカの素朴派の画家だ。 素朴派というのは、正式な美術教育を受けたことのない作家によって制作され、独学ゆえにかえって素朴さや独…

慈悲は神に対する贈与だった

ピーテル・ブリューゲル(子)の作品に《慈悲の七つの行い》という絵がある。七つの行いというのは、新約聖書の「マタイによる福音書」によるもので、死者の埋葬、囚人の慰問、食物の施与、衣服の施与、病気の治癒、巡礼者の歓待、飲物の施与のことをいう。 …

聖霊降誕祭の子どもたちのパレード

聖霊降誕祭はキリスト復活の日から50日を経過した日のことをいうらしい。その日は使徒たちに聖霊が降りてきて、使徒たちは異国の言葉をしゃべり出したという。ユダヤ教では穀物の収穫を感謝する祭りとされる。 ピーテル・ブリューゲル(子)《聖霊降誕祭の新…

ヒエロニムス・ボス作《行商人》

ヒエロニムス・ボス(1450年頃~1516年)はネーデルラント(フランドル)の画家。ルターによる宗教改革(1517年)の直前に亡くなっている。ネーデルラントは宗教改革の嵐が吹き荒れた地域だった。ボスの死後、16世紀後半には宗教改革による聖像破壊運動でボ…

悪魔のような笑い

ヤーコブ・コーネリス・ファン・オーストサネン(1472-1533)はネーデルラント北部(現在のオランダ)の画家だ。アムステルダム(オランダ)近くのオーストサネンで生まれ、アムステルダムで活動している。 ヤーコブ・コーネリス・ファン・オーストサネン作 …

市場を描いた画家、ブーケラール

ヨアヒム・ブーケラール(1530-1574)はアントウェルペン(ベルギー)で生まれ、同地で亡くなっている。 昨日アップしたピーテル・アールツェンの甥であり、フランドルの画家としては、ピーテル・ブリューゲル(父 1525-1569)とほとんど同世代にあたる。 ア…

ピーテル・アールツェン作 《施しを与える聖家族と肉の売店》

ピーテル・アールツェン(1508-1575)は宗教改革の時代のネーデルラントの画家だ。1508年にアムステルダム(オランダ)で生まれ、1535年アントウェルペン(ベルギー)の画家組合に入会。1563年に正式にアムステルダムの市民として登録され、1575年に同地で没…

てぃーだブログの「ぷかぷか」に引っ越しました

はてなブログの「rapanse’s diary」は、 4月30日から、てぃーだブログの「ぷかぷか」に引っ越しました。 引き続きご笑覧ください。

ホルバイン――《大使たち》

ホルバインが1533年に制作した《大使たち》では、二人の男性の足下に浮遊する奇妙な物体が描かれている。それは「アナモルフォーズ(歪像画)」の技法によって描かれた髑髏(どくろ)だ。 髑髏は、ヴァニタス(虚栄)を表わす寓意だ。ヴァニタスという言葉は…

ホルバイン――《商人ゲオルク・ギーゼの肖像》

ホルバインは多数の肖像画を描いているので、肖像画家だと理解されることが多い。しかし初期の作品には、《墓の中の死せるキリスト》(1521)、版画集《死の舞踏》(1524-25)、《キリストの受難の祭壇画》(1524-25)などの宗教的テーマの絵もいくつか見ら…

ホルバインと聖像破壊運動

次の絵は、ハンス・ホルバインが自分の家族を描いたものだ。ヨーロッパの絵画で親密な家族の姿が描かれるようになるのは、17世紀になってからのことだ。一般的に16世紀の家族の肖像画は、一族や一門を描くもので、家族間の親密な情愛が描かれることはほとん…

ホルバイン――《バーゼル市長ヤーコプ・マイアーの聖母》

ハンス・ホルバインは南ドイツのアウクスブルクで生まれ、修業時代に各地を遍歴し、1515年(17歳)頃からバーゼルとルツェルン(ともにスイス)で画家として活躍していた。 ホルバインは、1526年からロンドンに移り住む。バーゼル時代の最晩年の作品として、…

「死」の側から人間たちの世界を描いたホルバイン

ハンス・ホルバイン(1497/98 - 1543)は、「死」の側から人間たちの世界を描くことのできる画家だった。代表作とされる《墓の中の死せるキリスト》で描かれているのは、死後三日たったイエスの亡骸だ。亡骸の腐敗と衰退を、ホルバインは写実的に克明に描写…

グリューネヴァルト――《イーゼンハイム祭壇画》

マティアス・グリューネヴァルト(1470/75-1528)は、デューラーやクラナハとともに、ドイツ・ルネサンス3大巨匠の一人に数えられている画家だ。 グリューネヴァルトは《イーゼンハイム祭壇画》の中で、イエスの磔刑の姿を描いた。それは鑑賞者にリアルな痛…

クラナハ――宗教改革とエロスの両立(後)

クラナハは1509年(37歳)あたりからエロチックな女性の裸体像を描き始める。クラナハの裸体像は、ルターによる宗教改革(1517年)、ドイツ農民戦争(1524-25年)の時代にも描き続けられ、1530年代にクラナハ特有の裸体像のスタイルが完成する。 次の絵は、…

クラナハ――宗教改革とエロスの両立(前)

ルーカス・クラナハ(1472-1553)の描く裸婦は、肉体の美に新しいものを付け加えたまれな例だと、美術評論家は言う。 クラナッハは、肉体の美についてのわれわれの想像力のレパートリーに新しいものをつけ加えた稀な芸術家のひとりである。ケネス・クラーク…

アルブレヒト・デューラー――《騎士と死と悪魔》《メランコリアⅠ》

初期フランドル派が中世ヨーロッパの終焉と運命をともにしたのに対して、ドイツ・ルネサンスは宗教改革と運命をともにする。広義の意味における近代ヨーロッパ社会の幕開けを告げるのである。 アルブレヒト・デューラー(1471-1528)は、自信に満ちあふれた…

中世的価値観の崩壊を描いたヒエロニムス・ボス

初期フランドル派の最後を飾る画家はヒエロニムス・ボス(1450-1516)だった。ボスが描いたのは、人間の救いようのない愚かさであり、狂気であった。 ボスの代表作の一つに、《快楽の園》がある。ボスが40歳から50歳の1490年から1510年の10年間のいずれかの…

イタリア・ルネサンスを変えた絵――《ポルティナーリの三連祭壇画》

北方ルネサンスのうち、フランドルで1420年代初頭から1520年代まで続いた美術運動を初期フランドル派という。 初期フランドル派は、ヤン・ファン・エイクに代表され、イタリア・ルネサンスの勃興とほぼ同時期に発生したものであった。しかしその美術運動は、…

ウェイデンとメムリンク――二つの《最後の審判》

ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(1400-1464)とハンス・メムリンク(1440-1494)が描いた《最後の審判》を見ると、15世紀後半のキリスト教徒たちが、死後の霊魂の救済について、不安に怯えていたことがわかる。そして時代が進むとともに、不安感が深ま…

現実の人間との至近距離で描かれた聖母マリア

ヤン・ファン・エイクの描く聖母像では、聖母と現実の人間が、至近距離に描かれている。これはファン・エイク以前の聖母像には見られない特徴だった。 ファン・エイクの代表作の一つである《宰相ニコラ・ロランの聖母子》は、ブルゴーニュ公国の宰相であるニ…

油彩技法に革新をもたらせたヤン・ファン・エイク

ヤン・ファン・エイク( Jan van Eyck、1395年頃 - 1441年)は、それまでおこなわれていた油彩画法を改良し、細密な描写と鮮やかな着彩法を確立し、絵画史上に大きな革新をもたらした。 ヤン・ファン・エイクの革命的ともいえる油彩技法の刷新は伝説となり、…

騎士道と北方ルネッサンスの中心地だったブルゴーニュ公国

中世ヨーロッパには、ブルゴーニュ公国という不思議な国家があった。ヨーロッパを理解するためには、このブルゴーニュ公国という国家を理解しなければならない。なぜなら、このブルゴーニュ公国で騎士道文化は栄え、ブルゴーニュ公国の支配地としてネーデル…